
最も大事なのは、ペットとどんな暮らしを望んでいるか。マニュアルは二の次
[ 獣医師が教える! 飼うのも動物園に行くのにも役立つ&楽しくなる動物の話 ]
「コロちゃんの2回目のワクチンお願いします」
お昼ご飯を食べ終えて、午後の診療を始めるとすぐに、子犬のコロちゃんと飼い主の伊藤さんがやってきました。
伊藤さんの胸には、バッグから顔だけ出した子犬がキョロキョロと不安そうな目で僕を見ていました。顔はまん丸で黒毛ですが目の周りは白く、その上に公家の眉毛のような白い模様がある“まろ顔”です。
生後3か月の柴犬で、おうちに迎えてちょうど1か月。健康チェックとワクチン接種でやってきました。
水を飲まない、ウンチを食べちゃう、やせ細った…
上品でやさしい笑顔の女性の伊藤さんは、初めて僕の動物病院に来た時にこう言いました。
「今年の春、一人息子が大学に合格したの。家から出て行ってさみしくて…。なんとなく入ったペットショップで、部屋の隅でぶるぶる震えていた小さな子犬と目があったの。ガラス越しに見ていると店員さんが声をかけてきて、部屋から出して抱っこさせてくれたの。落としたら怪我しそうで、恐る恐る抱っこをすると、柔らかく小さな舌で私の手をぺろぺろ」
バッグから出し診察台にのせてもらうと、身体は顔に比べ小さく、やせ細っていました。

北澤「お名前は?」
伊藤「コロちゃん。まん丸くコロコロしていたから、この名前をつけたの」
北澤「何か心配なことありますか?」
伊藤「水をほとんど飲まないし、ご飯を噛まないの。それとね、ウンチを食べちゃうの」
診察台で尻尾をフリフリ、コロちゃんは元気いっぱい。でも、あばら骨が浮き出ていて体重は3kg、明らかにやせ過ぎです。
「ごはんは何を、どのぐらい、何回あげているか?」と僕が尋ねると、
「ペットショップさんの指導のもと、毎日90gのフードを3回に分け、お湯でふやかしてあげている」とのこと。それ以外にミルクとサプリをあげているとのことでした。
ご飯を出すと噛まずにあっという間に食べて、お皿まで舐めまわすようです。
北澤「ケージ(檻)からは、いつから、どのぐらいの時間出しているの?」
伊藤「コロちゃんはケージの中で私を見ると『出してくれ』と吠え続けるし、ケージに入れようとつかまえると上唇を上げ歯をみせて『ウ~』となくの」
ペットショップからは、「外に出すのは、1回20分。1日2時間まで」と言われているそうです。
こんな時、どうする? 獣医師・北澤先生からアドバイス
ここで、一つひとつの行動について、僕の分析も踏まえて見ていきます。
★水をほとんど飲まない
・コロちゃんの声
「お母さん(伊藤さんのこと)、僕の顔を見るたびに、ステンレスの水のみを口もとに持ってくるけど、やめてほしい。時には水の入ったスポイトを、口の中に押し込むこともあるんだ。喉が渇いてないのに、無理やり口の中に水を流し込まれても苦しいだけだよ」
・北澤からのアドバイス
「飲む気がなさそうだったら、飲ませる必要はありません。毎日、水分たっぷりのフードとミルクをたくさん口にしているので、喉は渇きません」
★ドッグフードをふやかす
・コロちゃんの声
「ボク、人間だったら赤ちゃんじゃなくて園児ぐらいだから、離乳食なんてもう食べないよ。あんなスープみたいのもおいしくない、硬いカリカリしたもの食べたいよ。お母さん、せっかくのおいしそうなドッグフードをお湯の中に入れちゃうんだよな。
噛まないから心配っていうけど、僕の歯は獲物をとったり、いやな奴を噛むためにあるんだ、消化のためじゃない。牛みたいに口の中でくちゃくちゃ食べるなんてかっこ悪いし、やってられないよ。丸飲みが一番」
・北澤からのアドバイス
「子犬は消化器が未発達のため、ドライのフードをふやかす時もありますが、僕はふやかしたことがありません。いつの間にか親のドッグフードを一緒に食べてしまう場合がほとんどで、吐いたり下痢になったりしない子犬だったら、ふやかしません」
★餌を噛まない
・北澤からのアドバイス
「牛などの草食動物の歯は平らです。草は繊維質が多く消化されにくいので、歯ですりつぶしてから胃に送ります。歯も大事な消化器官なのです。しかし犬の歯は奥歯も尖っています。歯は獲物を捕らえる武器であり、飲み込める大きさにするための刃物なのです。
よって飲み込める大きさの食べ物は、噛まずに丸飲みです。飲み込める大きさのペットフードは噛む必要ありません。人間は肉も草も食べるため、平らな奥歯を持ち、食べ物を咀嚼(そしゃく)します。口の中で小さく柔らかくしてから飲み込むのです」
★ウンチを食べちゃう
・伊藤さんの行動:
最初にペットショップで受けた指導どおり、毎日90gのフードを3回に分け、毎回正確にドッグフード30gを計り与えています。グラム数をぴったりにするためにドッグフードを細かくすることも。
・コロちゃんの声
「こんな量じゃあ足りない。食べ終えた途端にお腹空いちゃうよ。お母さん、もっとご飯ちょうだいよ。僕の体、先月より倍の大きさになるくらい成長しているんだし。お腹が空きすぎちゃうから、ウンチだってご飯に見えてきちゃう」
・北澤からのアドバイス
「ウンチを食べること自体は問題ありません。自分の新鮮なウンチであれば、食べても病気になることはありませんから。でも今回の場合は、食べてしまう“理由”が問題。コロちゃんは体格の割に体重が軽く、あきらかに栄養不足です。そうなってくると空腹のあまり、ウンチを食べてしまうのです」
★エサはどれくらいの量をあげるべきか
・北澤からのアドバイス
「最初に伊藤家に来た時は、この量で足りていました。しかし、1才ぐらいまでは目まぐるしく大きくなります。あっという間に、2倍、3倍の大きさになることも当たり前。また、子犬は寝ていない時は、走ったりして常に動きまわっています。カロリー消費量が半端ないのです。
伊藤さんの場合、まずはご飯の重さを量るのをやめてもらいました。あっという間に食べるのなら増やし、残るようなら減らすことによる調整をします。ただし1才を過ぎたら、体重管理が大事。ご飯の重さはきちんと量りましょう」

★ケージは必要なのか
・コロちゃんの声
「せっかくお父さん(伊藤さんの旦那さんのこと)が帰ってきたんだから、もっともっと遊びたい。こんなところから出してほしいよ」
・北澤からのアドバイス
「ケージを使用する理由は、安心する場所を与えるため。犬は本能的に狭く囲まれた空間が大好き。家の中で、小さくても自分の部屋があればほっとした時間がつくれるからです。
人間の旦那さんだって、どんなに奥さんが大好きでも、ず~っと同じ空間で一緒だとストレスが溜まってしまいます。奥さんに怒られたとき、安心する隠れ部屋があったらどんなに素晴らしいでしょう。
ワンちゃんも一緒で、どんなに飼い主が大好きでも、一匹になりたいときはあるのです。そんな場所がケージとなります」
・北澤からの人生のアドバイス(??)
「ちなみに僕・北澤は、自分の部屋がありません。奥さんと24時間同じ空間にいても、“愛しています”から全然平気。靴下を脱いだままの時、テレビを見ながら食事をこぼした時、くちゃくちゃ食べた時、お風呂あがってよくふかないで足跡をつけた時、裸で居間をうろうろした時、奥さんが怒っても僕は平気です。僕の耳には特殊機能があり、自動に耳に栓ができ、なぜか怒っている奥さんの声が全く聞こえなくなるのです。あと怒られてもすぐ忘れちゃうので平気、ストレスがたまりません。
どうしても一人になりたいときは、お風呂に閉じこもりますから、僕には自分の部屋は必要ありません。奥さんと娘には自分の部屋があります。決して、わが家のパワーバランスにより僕だけないわけではありません。
だと信じたい…。娘が家を出たら、あの部屋を絶対僕の部屋にするぞ~。
このように、自分の部屋がなくても生活できます。僕がワンちゃんネコちゃんを飼う理由の一つとして、ワンちゃんネコちゃんと一緒に寝たいからです」
・北澤からの“飼い方”のアドバイスにまた戻って…
「北澤家の場合、ケージを用意する代わりに、家の数か所にお気に入りのクッションを用意。ベッドの片隅も、その子専用の場所にするなどしています。ただわが愛猫「ロン丸」だけは夜にトイレ以外の場所でウンチをしてしまうので、ケージを用意してそこで寝かせます。
ケージを用意して安心する場所をつくるのも、とてもいいことですが、ケージを置く場所がなかったり、囲まれた部屋がなくてもお気に入りの場所があれば安心できるワンちゃんには、ケージがなくても大丈夫です。ただし、ケージと同じぐらい安心する場所を確保してあげましょう」
★ケージから出すのは、いつ・どれくらいの時間にするのか
・北澤からのアドバイス
「コロちゃんにとってケージは安心する場所になりますが、閉じ込められる場所でもあります。1日でどのくらいの時間はケージから出してもいいのかは、決まりがありません。体力や性格によって全然違うので、イヌやネコに合わせて出してあげましょう。
長時間出して遊んでいると、ぐったりしたり、体重が増えないなどの時は、遊ぶ時間を減らしてください。特に、家族がたくさんいるときなど、みんなが帰ってくるたびに起こして遊んでいるとつかれてしまうので、ほどほどにしましょう。
ケージを用意した場合、いつからケージから出していいのか、これは、飼い主さんが何のためにケージを用意するのか、ワンちゃんとどのように過ごしたいのかによって決まります。
『排泄をケージ内とケージ外のどちらでさせるか』『一緒にいたい時間はいつどれくらいか』『仕事中はそばにいてほしくないのか、近くにいてほしいのか』『寝るとき一緒がいいのか』など、飼い主によってそれぞれ違います。どのように過ごすのかによって出すタイミング時間が違います」

すべての犬に共通する飼い方マニュアルは存在しない
1か月後、3回目のワクチンのためにコロちゃんがやってきました。飼い主の伊藤さんが抱えた大きなバックから、顔だけではなく上半身がほとんど出ています。僕が声をかけると、診察台の上に飛び出してきました。尻尾を振りながら、僕の顔をぺろぺろ。
伊藤「先生、もう大丈夫です! ウンチ食べなくなりましたし」
コロちゃんの体重は倍以上に増えていました。胸を軽く押すと、肋骨がわかる程度にお肉がついていました。
伊藤「先生の言う通り、『こうじゃないとダメ』ってあまり気にしないで接していたら、コロちゃんとっても穏やかになったの。ケージにも自分から入るし、『う~』ってなくこともなくなったよ」
ワンちゃんは生まれたころから世話をすれば、平均すれば15年以上一緒に過ごす家族になります。まず、ワンちゃんを迎える前に、どのように暮らしたいか、家族みんなで相談してみましょう。ワンちゃんを迎えたら、ワンちゃんをよく観察して、「人が大好きか怖がるか」「犬が好きか嫌いか」「小食か食いしん坊か」「わんぱくか怖がりか」などなど性格を知ってください。
そのワンちゃんに合わせて安心する場所をつくる、散歩をするなども考えてみましょう。それぞれ、とっても個性があります。すべてのワンちゃんの飼い方に共通するマニュアルなんてないのです。
僕は、散歩に連れ出す時間帯も距離も毎日違います。朝の時もあれば、夜の時もあります。僕が疲れているときは、僕の都合で散歩をしない日もありますし、また大雨の時はしません。その代わり元気な時はいつもと違う場所に行ってみたり、長く散歩をします。
人は仕事、家事で忙しいのです。住む環境もみんな違います。ペットたちに飼い主の生活にうまく合わせることが、長く楽しく過ごすコツ。ワンちゃんと飼い主さんが“ともに幸せ”に暮らすことが大切なのです。


子供の頃から生き物が大好き。
“蟻の飼育”から始まり“象の治療”まで、たくさんの生き物と接してきました。そんな経験から生き物の不思議を発信します。
北澤功さんの紹介ページは→こちら
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