
ネコもイヌも人間も、みんなかゆいかゆい。蚊の季節じゃないし…、その原因は?
[ 獣医師が教える! 飼うのも動物園に行くのにも役立つ&楽しくなる動物の話 ]
空を飛ぶ夢を見た。
菜の花が咲き始めた草原を、両手を広げ全速力で走る僕。
20メートルほど走りスピードは最高になった僕は、両手を翼のように羽ばたき大きくジャンプ。地面と水平になった身体が1メートルほど浮いた。
犬のリリーちゃんが「ワンワン」と尻尾をふりながら僕を走って追いかける。
さらに力強く羽ばたいた僕は、太陽に向かって上昇を始めた。
あっという間にリリーちゃんは米粒のように小っちゃくなった。僕は空を飛んでいた。
その時突然、僕の頭に何かが当たった。
バランスを崩した僕はあっという間に墜落、地面に激突する寸前で…。
*****
目が覚めた。
僕はよく空を飛ぶ夢を見ます。
とっても気持ちよく、楽しい夢。
「起きて! 体中がかゆいの、病院に連れて行って…」
僕を墜落させたのは、妻だった。
春は、腕にブツブツができて赤く腫れあがってしまうことがある
妻が僕の頭をポンッと叩いたらしい。僕は目をこすりながら片目だけを開けた。
そんな寝ぼけている僕の目の前に、妻は腕を差し出して「見て、ひどいでしょ?」と言う。僕の目の前には、ブツブツができて赤く腫れあがった妻の腕があった。
妻は続けて言いました。「反対の腕も、首もかゆいの。寝れないから何とかして…」
「何か食べた?」と僕がたずねると
妻「なめこの味噌汁とえのきと菜の花のおひたし、エリンギのバター炒め、マイタケと鮭の香草ホイル焼きと…」
僕「わかった、わかった。夕ご飯は僕も知っているから」

妻は最近キノコに凝っていて、どうやら「菌活(きんかつ)」というらしい。
本当の所、僕はあんまりキノコが好きではない。
他は何を食べた?と妻に聞くと
妻「焼き芋、羊羹(ようかん)、ホットヨーグルト、ホットワイン、リンゴ、えっとそれと…」えっ、どれだけ食べているの??
ダイエット中の妻は、夜は炭水化物を食べないらしいが、こんなに食べては意味がないような。ちなみにサツマイモは炭水化物です。
特別いつもと違う物は食べておらず、食べ物が原因のアレルギーではなさそう。
僕「いつからかゆいの?」
妻「昼過ぎかな」
僕「昼間ね」
妻「ポカポカしてたから、公園に行ったの。でも帰ってきてから、かゆくなったかな」
僕「公園? 公園で何かしたの?」
妻「う~ん、特別なことは何もしてないかな」
僕「それで、かゆくなるんだ」
4月頃からネコには、黒ゴマ状の物体が付着。その正体は?
妻「でもそこにね、三毛猫がいたの。あたしが歩いていると、近づいてきて尻尾(しっぽ)をピンと上げて、顔をあたしの足にスリスリしてしてきたの。あんまりにもカワイイから抱っこしたら、目を閉じてゴロゴロ喉(のど)を鳴らしてた。ネコってかわいいよね」
僕はピンときました。
僕「それが原因だ。かゆくなったの、それからじゃない?」
妻「そうだったような気も…」

「暖かい日」「公園」「猫」「抱っこ」
これらの言葉から連想されるのは、間違いない蚤(ノミ)のアレルギーだ。
4月に入ると、診察台に乗ったネコちゃんからは、黒いゴマのようなものがバラバラと落ち始めます。この黒いゴマをティッシュにのせて水を垂らすと、ゴマの周りが赤から茶色に染まります。これはノミの糞(ふん)である証拠。春の暖かさでノミは、冬をサナギの形で耐えていた状態から、成虫となり動き出します。それでネコなどに寄生して糞をつけたりするのです。
ノミは気温が13℃を超えると、活動を始めます。どうやら妻は、三毛猫を抱っこした時にノミに刺されたらしい。日本のネコと犬に寄生するノミはほとんどがネコノミ。ネコノミは人間に寄生することはありませんが、人間も刺すことはあります。
刺された妻の体は、ノミの唾液にアレルギー反応を起こした様子。猛烈にかゆがっていました。ちなみに「掻(か)く」という漢字は「手へんに蚤(ノミ)」と書きます。
妻は呼吸も安定しており、顔色もいいため、夜中に緊急病院にまで行く必要はなし。とりあえずかゆみ止めを塗り、朝まで様子を見ることにしました。
ノミは1匹見つけたら、50匹なんて数では済まない
ノミは全長2mm~9mmほどの小さな虫。犬や猫などの恒温性の哺乳類に寄生して、血を吸って生活します。ノミには2千以上の種類があります。恐竜が生きていた頃には、2cmを超える大きなノミがいたそうです。
ノミのライフサイクルは「卵→幼虫→さなぎ→成虫」。成虫になると1日最大50個も卵を産みます。成虫の寿命は1~2ヵ月、2ヵ月生きて仮に1日30個の卵を産みつづけると、1匹から5万4千個の卵を産むことになります。ノミは1匹の成虫を見つけたら50匹はいると言われますが、この数はとっても控えめなように感じがします。
産まれた卵はツルツルしているので体から滑り落ちます。布団やじゅうたんの中で1日~6日で孵化(ふか)して幼虫に、1~2週間でサナギに、そして1週間で成虫になります。
ノミに刺されるとどうなるのか? ノミが体に寄生されても無症状のネコちゃん、ワンちゃんも多くいます。でもノミアレルギーのワンちゃんネコちゃんは、腰から背中にかけて激しいかゆみが発生し、毛が抜け落ちて皮膚は赤くなり、ひどい時は掻きすぎて出血、かさぶたができることもあります。
かゆみと炎症を抑える治療とともに、ノミを駆除して生活環境も清潔にすることによって改善します。

ノミに血を吸われただけで死亡することもある
急に元気がなくなったと、猫のシロちゃんが病院にやってきました。シロちゃんは御年21歳になるメス猫。全身の力が抜け、ぐったりし、名前を呼んでも反応しません。
全身をチェックすると、口の粘膜は真っ白でひどい貧血状態。かゆがることはないのですが、クシを通すとものすごい量のノミ糞が。大量のノミに寄生され、あまりにもたくさんの血をノミに吸われたための貧血だとわかりました。
まずはノミを駆除しました。そして、たっぷりの点滴による栄養補給。翌日には粘膜もピンクにもどり、自分でごはんを食べ始めました。
健康な動物に寄生したノミは、自分の住処(すみか)となる動物たちと仲良く共存するために、ほどほどにしか増えず、健康に影響を与えない程度に吸血します。
でも寄生された動物が高齢だったり、病気で体力が落ちたりしている時は、ノミは共存ではなく一気に増えてしまいます。そしてできるだけ栄養を奪い取って住処を捨て、新しい住処を探すべく出て行きます。
ノミの寄生というと大事(おおごと)ではなさそうですが、寄生された動物が高齢や病気持ちで体力が落ちていたりしていると、命を落とすこともあるのです。あまり軽く考えてはいけません。
ノミのメカニズムが解明できれば、人間がビルを飛び越えることも可能に!?
ノミといえばジャンプ力があることをご存知の方も多いでしょうが、このジャンプ力はあらゆる生物の中でダントツです。体長の150倍もの距離をジャンプできます。ノミが人間の大きさだとしたら、30階建てのビルのてっぺんくらいまでジャンプができる計算となります。

このジャンプ力は、足に秘密があります。ノミの足には筋肉の他に「レジリン」というゴムのようなタンパク質が備わっています。レジリンはエネルギー効率が高く、伸縮性に優れているのが特徴です。
現在このレジリンが、工学や医学に応用できないか研究がされています。将来、ゴムやバネに代わる全く新しい高弾性の物質ができるのではないかと期待されているのです。人間がこれを足に装着すると、ビルを飛び越えるなんて簡単、なんて未来が!?
小心者を「ノミの心臓」と呼ぶ理由、知ってますか?
「ノミの心臓」なんて言葉もありますよね。僕は子供の頃によく、父親から「お前はノミの心臓だ」と言われていました。小心者・あがり症・臆病者であることのたとえです。
小学生のサッカーの授業で、運動神経抜群の江川君がゴール前でハンドをしてしまい、ペナルティーキックとなりました。江川君から見て敵のチームにいた僕は、絶対に蹴りたくないないと思っていました。
そんな僕の目の前に、江川君がイライラして投げたボールが転がってきました。なんとボールは、僕の目の前で止まったのです。しょうがなく僕はボールを拾い上げゴール前に持っていくと、そこには誰もいない。キョロキョロと見回すも、蹴りたそうな人が誰も来ない。

結局僕が蹴ることに。ノミの心臓である僕の頭の中は真っ白。心臓は口から飛び出るのではと思うほど「ドキドキ」と鳴っています。ボールに向かって走り、振りかざした右足はボールの中心を捕らえられず、ボールの上で足か空振りして足がすくわれた形に。
すってんころりんと、思いっきり後頭部を地面にぶつけました。そしてそのまま気絶…。気がつくと、先生と友達が囲むように僕をのぞき込んでいました。ボールは当然ゴールどころか、1メートルほど転がって止まったそうです。
さてこのノミの心臓。本物はどんなものなのでしょうか。人間の心臓はほぼ丸い形をしており、体中に血液を運ぶポンプの役割があります。一方でノミの心臓は、背中にそって細長い形をしています。
ノミには血管がないため、心臓は体液を体のさまざまなところに送り込むポンプの役目も果たしているのです。
そしてその心臓は小さく数十ミクロンのサイズ。このように心臓が非常に小さいことから、「ハートが小さい」「臆病者」という意味の象徴となっていると言われています。
そんなノミの心臓の僕ですが、大人になっても変わらず小心者のままです…。
ノミは高温多湿の環境が大好き。どんどん暖かくなってくるこれからが、ノミの季節です。1匹でも見つけたら退治しましょう。「1匹ぐらいほっといてもいいだろう」と放置しておくと、あっという間に何倍も増えてしまいますから。ノミよけの薬はいろいろとありますので、動物病院に相談してください。
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妻がかゆがったあの時以来、僕は空を飛べなくなりました。少し身体が浮くこともあるのですが、すぐに僕の頭を大きな手が抑え、すぐに墜落してしまうのです。僕の楽しい夢が一つなくなりました(涙)。


子供の頃から生き物が大好き。
“蟻の飼育”から始まり“象の治療”まで、たくさんの生き物と接してきました。そんな経験から生き物の不思議を発信します。
北澤功さんの紹介ページは→こちら
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