誘拐

[ 獣医師が教える! 飼うのも動物園に行くのにも役立つ&楽しくなる動物の話 ]

春は鳥の子育てシーズン。雛にトラブルも多く…

昼休みにコンビニでコーヒーを買って帰ってくると、僕の勤務する動物病院の前に、ランドセルを背負った小学校2年生の女の子・綾香ちゃんが立っていました。彼女は手のひらで何かを包んだハンカチを、優しく包み込むように持っていました。

「どうしたの?」僕が尋ねると、
ハンカチをそっと開き僕に見せました。
ハンカチから「ピィ~ピィ~」。
頭にポヤポヤの産毛が残る顔が飛び出しました。
ようやく羽が生えそろったばかりのスズメの雛(ひな)です。

綾香「助けてください」
僕はハンカチごと受け取り、スズメを診察しました。
お腹はぷっくり、足は僕の指をしっかりつかむことができます。
翼を広げてみると羽は生えそろい、自力で閉じます。下がっている様子もありません。
呼吸は落ち着いていました。

北澤「どこにいたの?」
綾香「公園の木の下に落ちていたの。うまく飛べないみたいで。近づいても逃げないの。だから助けようと思って…、でもどうしたらいいかわからなくて連れてきたの」

日本に生息する鳥たちの春は恋の季節。男の子(オス)はきれいな声で鳴き、きれいな羽を生えそろえ、女の子(メス)に猛アピール。パートナーを見つけると恋をして、女の子は卵を産みます。

日本の春から夏は芽吹きの季節。虫たちも活発に動き出します。季節の中で、最も自然が豊かで豊富に餌があるのが春です。鳥たちは冬になる前までに大人になれるよう、この時期に子育てをします。

また、スズメなどの雛の餌は虫です。日本の冬は虫たちがいなくなるため、虫のいる時期に子育てを終える必要があるのです。この時期、巣から落ちてしまった雛や巣立ち雛が、病院に持ち込まれたことがあります。

雛は例えば、こう観察すれば状態がわかる

綾香ちゃんが連れてきたスズメの雛は、お腹がぷっくり。雛はびっくりするほどたくさんの虫を食べるため、食べた後はお腹が膨れます。また、食べてすぐに大量のうんちを出します。虫を数時間食べないだけで、お腹は凹んでしまいます。ぷっくりお腹はつい先ほどまでしっかり親から餌をもらっていた、つまり近くに親がいた証拠です。

この雛は、足で僕の指をしっかりつかむことができる。衰弱やケガをしていると、つかむ力が弱く落ちてしまい、枝につかまることができません。

翼を広げてみると羽は生えそろい、自力で翼を閉じることはできます。翼にケガがあると、翼をちゃんと閉じることができず、翼がダラーンと垂れ下がった状態になり、飛ぶことができないとわかります。

呼吸は落ち着いていました。鳥たちは体調が悪いと、お腹を大きく動かす呼吸になります。ですから、このスズメは元気です。

このように一つずつ診断していくと、飛べないのではなく、ただ飛ぶのが下手なだけなのがわかりました。

人間だってハイハイから始め、それから立ち上がり、歩きます。人間がいきなり歩けないのと同じように、鳥もいきなり上手に飛べないので、まずは飛ぶ練習をします。親はその様子を近くで見ていて、お腹がすくと餌を運びます。

“誘拐”だと思われないようにするためにはどうするか?

つまり、木の下に落ちていたのではなく、飛ぶ練習をしていたのでした。巣立ちの雛なのです。「ピーピー」鳴いていたのは、親を呼んでいたのでした。

実は、そのような状態の幼鳥を人が捕まえると、人は助けるつもりでも親鳥にとっては、目の前で子供が連れ去られてしまう“誘拐”だと思ってしまうのです。

では、幼鳥が地面にいたらどうしたらいいのか? 親よりだいぶ小さそうで、目が半開き、羽毛が薄く地肌が見えている時は、まだ幼いので巣立ちではなく、巣落ちです。近くに巣がないか探してください。あればそっと戻しましょう。巣が見つからない時は、各都道府県の鳥獣保護担当部署に連絡してください。

今回のように羽が生えそろっている時は、そのままそっとしておきましょう。近くに親鳥が必ずいますから。「親鳥はいなかった」とよく言われますが、我々人間が怖いので親鳥は近づかないだけ。もし道の真ん中などにいた時は、車にひかれたりしないように道の横の草むらなどに動かしてください。

家に持ち帰って人間が育てたら、どうなってしまうか?

僕は、巣落ちや巣立ちの雛を何羽も育てたことがあります。餌を与え、姿形は成長させることはできました。

でも、飛び方、餌のとり方、敵からの身の守り方といった野生で会得する「生き抜く術」を教えることは僕にはできません。僕は飛べませんから。

実際に大きくして、空に返したことはありますが、空に飛び立ったとたんにカラスに襲われたことも…。人の手で育てられた鳥たちは、生きる術を知らないため、野生ではほとんど生きていけません。

その場に置いておくと、猫に襲われたり、餌が取れずに命を落とすこともありますが、人間の手によって育てられるよりは生き残る可能性があります。

綾香ちゃんが見つけた雛は結局どうなったのか?

もし保護してしまうと、「人間の匂いがつくともうお世話をしないのでは?」と聞かれますが、そんなことはありません。親子の愛情は、そんなことくらいでは失われないのです。3日間、人間の手によって育てられたスズメを、保護した場所に返しに行ったことがあります。親鳥は待っていました。3日間も待っていたのは驚きでしたが。

巣立ち雛の場合はできるだけ早めに、見つけた場所に返すことが大事。時間とともに助かる可能性が低くなります。

親がいないときは、近くの草むらや枝にのせてください。そして、できるだけ早くその場を立ち去りましょう。ちょっと離れて様子を見ていると、こっちは隠れたつもりでも、親鳥は空から見ているためよく見えていて、親鳥は連れ去った人間が怖くて雛に近づけないこともあります。

綾香ちゃんにこのスズメさんは、飛ぶ練習をしていたこと、飛べないのではなく飛ぶことが下手だということ、「ピィピィ」鳴いていたのはお母さんを呼んでいたこと、近くにお母さんがいたことを伝え、一緒に見つけた公園に行くことにしました。

公園に着き、綾香ちゃんは包んでいた手を広げ、ハンカチを開きました。スズメは「ピィピィ」と鳴きます。しばらくそのままで鳴かせていると、近くの木の枝で「ピィ~」とスズメが現れ、僕たちの上を円を描いて飛び始めました。

その声を聞くと、幼鳥のスズメは綾香ちゃんの手からバタバタっと翼を広げ羽ばたいて、飛び立ちました。そこに円を描いていたスズメが近づき、一緒に飛んでいきました。お母さんは待っていたのでした。


子供の頃から生き物が大好き。
“蟻の飼育”から始まり“象の治療”まで、たくさんの生き物と接してきました。そんな経験から生き物の不思議を発信します。
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