
猛暑のこの夏こそ必読! 「熱中症」完全マニュアル
[ 獣医師が教える! 飼うのも動物園に行くのにも役立つ&楽しくなる動物の話 ]
犬も熱中症が大量発生中
僕の朝は、ベランダの花たちの水やりから始まります。今年の暑さは異常、ちょっとでも水やりをさぼるとあっという間に花はしぼみ、葉は下を向いて縮んでしまいます。
梅雨のないまま、例年より早く始まった夏。連日のように朝から最高気温更新のニュースが流れ、病院の窓を開け換気をするたびに、熱風が診察室に入ってくるような暑い日でした。
お弁当を食べ、お昼寝を終え、午後の診療が始まったとたん一本の電話が。
飼い主「先生、今公園なんだけど、ブンちゃんが急にハアハア始まって、ヨダレもすごいの。フラフラして、歩けなくなっちゃたの」
北澤「どうしたのかな?」
ブンちゃんは、15才の体重12kgのおデブなダックスフント(犬の一種)、心臓病の疾患があります。僕の病院から歩いて1分ほどの距離に住んでいます。
北澤「こんなに暑いのに公園に行ったの?」
飼い主「公園で水遊びさせようと思ってね。ブンちゃん、お水大好きだから。でも帰ろうと思って公園の入り口まで来たら急に…。怪我でもしたのかな、それともヘルニア?」
北澤「まずは抱っこして日陰に行ってください。抱っこするときは、絶対縦に抱っこはしないで、地面と水平にして肩とお尻の部分を両手で抱き上げる感じで。お水を持っていたら身体に水をかけて、特にお腹を冷やしましょう。とにかく体を徹底的に冷やして、呼吸が落ち着いたらそのまま病院にお越しください」
犬は人間よりもびっくりするくらい汗がかけない
しばらくして、ブンちゃんが飼い主に抱っこされて僕の病院にやってきました。ブンちゃんは僕の顔を見ると、尻尾を横に3回振りました。とりあえず意識はあります。よだれは止まっています。
でも呼吸はまだペースが速く、立てません。診察台の上に保冷剤をしのばせたタオルを敷き、そのタオルの上にブンちゃんをのせました。
肛門に体温計を差し込むと、あっという間に40度を超えました。肺の聴診をすると、「ブツブツ」という音が。肺に水が溜まってる。これは、熱中症です。すぐに治療に入りました。
犬は熱中症になりやすい動物です。全身毛に覆われており、寒さにはとっても強い一方で、暑い夏は身体に熱がこもり、とにかく弱い。特におデブなブンちゃんは毛の下に、脂肪の服、ヒートテックを着ているような状態。

今年の暑さはすさまじく、外にいるだけで命の危険があるほど。人間は全身で汗をかいて体温を下げることができます。でも犬は肉球以外にほとんど汗腺がないため、「ハァッ、ハァッ」と口を開けて激しく呼吸をすることによって、舌や気道から水分を蒸発させることでしか体温を下げられません。つまり犬は熱を逃がすのが苦手なのです。
路上で立ち話なんて始めたら、70度近い道路の上で焼かれ続ける状態に
アスファルトとコンクリートで覆われた都会の地面は、太陽の熱をため込み恐ろしい熱さまで上昇します。気温が35度を超えると、アスファルトの温度は65~70度にもなるのです。
犬は、灼熱の地面に近いところで生活し、裸足で歩いています。散歩の途中、知り合いと出会い立ち話でもするものならあっという間に、熱中症。ひどい時は肉球がやけどすることもあります。
体温が上昇した状態が続くと、水分や塩分が体の必要なところに届かず、脱水や血圧低下が起こります。そのまま体温の高い状態が続くと、体を作っている蛋白質が変性、様々な臓器が壊れてしまうことも。
応急処置の超基本。とにかく冷やす
いつもより激しいハァハァの呼吸、よだれを垂らし続ける、体が熱い、落ち着きなくウロウロする、フラフラ。このような時は熱中症。吐く、口から泡を吹く、身体が震え出したらかなり危険な状態です。
熱中症になったら
①涼しいところにすみやかに移動。ただし、肺に水が溜まっているおそれもあるので縦抱っこはしない
②飲めるようなら水を飲ませる
③首、わきの下、股、お腹を保冷剤で冷やす。ない時は水をかけて冷やす
大事なことはいかに早く体を冷やすか。これだけで、体のダメージを最小限にすることができます。動物病院に来る前に、とにかく冷やしてください。
猫も暑さが苦手な生き物
さて、猫はどうでしょうか。祖先が砂漠の生き物だったため、犬よりは暑さに強いですが、やはり熱中症になります。症状も犬と同じで体が熱い、速い呼吸、よだれが特徴的なもの。
猫も犬と同じように汗をかかないため、激しい呼吸によって体を冷やします。体をなめることにより、表面を濡らし、気化熱で冷やすこともあります。とはいえ今年の暑さでは、そんなことではたいして体が冷えないように思います。

汗って動物によってこんなに違う!
ちなみにゾウはどうやって体を冷やすか。ゾウも汗はかかないので、あの長い鼻で水を吸い込み、シャワーのように全身に水をかけます。また、大きな耳をパタパタして体温調節をします。耳には血管がいっぱい集まっており、そこに風を当てて血液を冷やすのです。ウサギも大きな耳で風を受け、体を冷やします。
汗をかく動物って、意外と少ないんです。汗をかく動物はというと、カバ、馬、チンパンジーなどがいます。カバは赤い汗をかきます。最初透明だった汗が、空気に触れると赤くなるのです。
ただしカバは水の中で生活するため、カバの汗は人間の汗と違い、体温調節のためではありません。粘着性があり、皮膚の乾燥や、日焼け、細菌感染を防ぐためなのです。
チンパンジーも人間ほどではないですが汗をかきます。特に顔と手の平に汗をかきます。僕の育てたチンパンジーのアサコは、夏に激しく遊んだ後に鼻にたっぷり汗をかきました。
最も汗をかく動物は馬。人間並みに汗をかきます。馬は暑さだけではなく、激しい運動や緊張、興奮するなどが合わさることによって大量に汗をかきます。

以前、木曽馬(馬の一種)を調教していたことがありますが、夏の調教後は、首、脇、お腹、股などは毛の色がまだらになるぐらい汗をかきました。鞍(くら。人間が馬に乗る際に使う用具)を外した跡も、びっしょりと汗をかいていました。
そして透明な汗だけではなく、白い汗をかきます。人間も汗をかいたTシャツが白くなることがありますが、あれは汗が乾いた後に、汗に含まれている塩が残ったものです。しかし馬の白い汗は、ラセリンという石鹸の成分に似たものが含まれているのです。そのためか、馬の汗は少し泡立っています。
このラセリンは優れもの、体全体に効率よく広げる効果があります。大量の汗と、それを広げる白い汗をかくことができる馬は体温調節に優れており、そのために高い運動能力を持つことになります。
また緊張や興奮によっても汗が出るため、競馬好きの僕の息子は、馬の汗を見て、馬の“入れ込み”加減を見極めます。
人間のおじさんはなぜ臭いのか?
では人間はというと、人間の赤ちゃんも、びっくりするぐらい汗をかきます。お風呂から上がって頭を乾かし終わったとたん、頭がびっしょりなんてことも。僕はあまり汗をかかないほうですが、とはいえ特に就寝中は汗をかき、枕に汗のシミがつくことも。
妻は僕の汗を極端に嫌がります。同じ人間の汗なのに、赤ちゃんと僕の汗は違うものなの? 妻曰く、一番の違いは“におい”だそうです。赤ちゃんの汗はさらさらしていて、“甘酸っぱい匂い”。に対し、僕の汗はべとべとして、“すえた臭い”。“匂い”と“臭い”の違いだそうです。
男性は、“加齢”(いやな言葉)とともに皮脂の分泌量が増え、その皮脂に含まれる「パルミトレイン酸」と「過酸化脂質」が酸化して「ノネナール」になり、これが”加齢臭”となります。僕をはじめおじさんが臭いのは、お風呂できちんと体を洗わない、トイレの後に石鹸で手を洗わない、シャンプーのあとあまり乾かさない、前日着た服をまた着たなど、不衛生なことをしているからではありません。「ノネナール」のせいなのです。
翌日、ダックスフントのブンちゃんは呼吸は落ち着き、体温も下がり元気になりました。お弁当を食べ、お昼寝をしている時、飼い主が迎えに来ました。飼い主を見ると、尻尾がもぎ取れてしまうのではと心配するぐらい振っています。
そんなブンちゃんを見て、飼い主は
飼い主「よく頑張ったね、帰ったら大好きなメロンあげるね」
僕「ダメです。太りすぎだからメロン禁止」
飼い主「じゃあ、スイカ食べようね」
僕「ダメ。おやつ、すべて禁止」
飼い主「帰りに、公園で水遊びしていこうか」
僕「ダメダメ、今度熱中症になったら死んじゃいますから…。これで体を冷やしながら抱っこして、できる限り早く帰ってください」
僕は、体を冷やすための凍らせたペットボトルを渡しました。飼い主はやっと事の重大さに気づいた様子でした。


子供の頃から生き物が大好き。
“蟻の飼育”から始まり“象の治療”まで、たくさんの生き物と接してきました。そんな経験から生き物の不思議を発信します。
北澤功さんの紹介ページは→こちら
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