
光る眼
[ 獣医師が教える! 飼うのも動物園に行くのにも役立つ&楽しくなる動物の話 ]
夏休みに入った小学5年生の僕は規則正しい生活をするために、母に大きな声で「おやすみなさい!」と一声かけ、夜9時には布団に入っていました。
でも布団の中に潜り込み、懐中電灯でお気に入りの昆虫図鑑を眺め眠気をこらえます。夜の10時になると、布団の中でジャージに着替え、窓からこっそり抜け出していたのです。隠してある運動靴を履き、虫取り網とかごを持ち、自転車で河川敷に向かいました。
まずは橋の中間地点にある街路灯へ。街路灯の下には、カナブン・カブトムシ・コクワガタがいました。カブトムシを捕まえると、今度は小さな懐中電灯の明かりを頼りに川に向かいます。
自転車を置き堤防を乗り越えると、自分の背丈ほどのカヤの草むらが現れます。その奥には“僕だけが知っている森”が広がっているのです。この森には、昆虫・タヌキ・ヘビ・フクロウなどがいます。
当時の河川敷は整備されておらず、河川敷には、アカシヤ・クヌギ・ヤナギなどの木とススキなどのカヤが生えていました。草むらには、捨てられた自転車とテレビが重なっています。その自転車をずらすと小さな空間が現れ、そこを潜り抜けると、森の中へつながる秘密の通路があったのです。

森の中に入っていくと、まずはヤナギの木が現れます。僕がヤナギの根元をおもいっきり蹴ると、上からバタバタとカブトムシが落ちてきます。
もう少し奥に進むと、甘酸っぱい香りが拡がり、根本から二股に分かれた太いクヌギの木が登場します。この匂いのもとは、クヌギの木の傷ついた樹皮からでる白い泡状の樹液です。
クワガタやカブトムシは、樹液が大好き。この木にはたくさんのクワガタとカブトムシがいました。ノコギリクワガタ、ミヤマクワガタなどです。
時には、巣に帰り損ねたか、巣から追い出されたスズメバチもいるので要注意です。ここはまさに、僕だけが知っている“秘密の場所”なのです。

クワガタを捕まえていると、必ず草がザワザワと動きます。音のする方を懐中電灯で照らすと、目が1つだけ光ります。そして、草の中からピョコタンピョコタンと左足だけを上手に使いながら「クロ」が出てきました。
クロはお婆ちゃん猫。片目しか光らないので、クロだとすぐわかります。ちなみに、目がふたつ光っている時はタヌキです。
「クロ」は暗闇の中でもアバラ骨がわかるほど痩せこけ、黒い毛は艶もなく、右目はつぶれ、右前足は曲がったまま伸ばすことができませんでした。
僕はポケットから煮干しと鰹節を取り出します。煮干しを砕き、鰹節と混ぜて手のひらにのせると、「ゴロゴロゴロ」とのどを鳴らしながら手に口を近づけます。

歯のない口からは、ボロボロと煮干しがこぼれました。ひとしきり食べると、僕の膝の上に乗り、顔のお手入れ。耳の後ろを搔いてあげると、目をつむってウットリ。膝の上で寝てしまいました。
そもそも、ネコの目はなぜ光るか? ネコには、目の網膜の後ろにタペタムと呼ばれる鏡のような反射板があります。外からの光は、網膜を通ってこの反射板にあたり、反射して再び網膜に戻るため明るさが倍増します。つまり目が光るのは、反射した光が見えるため。ネコはこのタペタムのおかげで、暗い夜の少ない光でもよく見えるのです。
しかし、このタペタムのせいで日中の明るい光は眩しすぎて、見えにくくなってしまいます。そのため猫の瞳孔は、入ってくる光を少なくするために瞳孔をとっても小さくすることができます。
それも瞳孔を丸いまま小さくするわけでなく、細長く縦長に線のように小さくします。これは瞼(まぶた)が閉じるのと垂直に縦長で細くすることにより、瞼と瞳孔の両方で効率よく光を微調整することができるのです。ネコの縦長の瞳にはこんな秘密があります。

夜中に抜け出すこと10日目。大量に捕まえた虫たちとともに窓からそっと部屋にはいると、そこに般若の形相の母が仁王立ちしていました。
この夏はヒラタクワガタ、ミヤマクワガタ、ノコギリクワガタ、コクワガタと大量に捕獲していました。昆虫ケースに入れたカブトムシやクワガタたちは夜になると一斉に飛び始め、ケースにぶつかります。「ブ~ン、コツン」。静かな夜、部屋中にこの音が響きわたっていました。
部屋の中どころか家じゅうに聞こえたようで、あまりのうるささで母が部屋に入ってきました。そして僕を呼んでも返事がないので、布団をめくったみたいです。
僕の帰りを、電気を消したまま待っていたようで、母の怒りは凄まじく、しばらく、自転車に乗ることが禁止となりました。当然、河川敷に近づくことも禁止。怒りがとけたのは、夏休みの終わりでした。
学校が始まるとやっと、自転車の許可がでました。僕は急いで河川敷に向かいます。しかし堤防から先の河川敷には大きなフェンスができて、立ち入り禁止となっていました。
柳の木があったあたりで、「クロ、クロ」とフェンス越しに名前を呼びますが気配がありません。フェンスの中からは、「ウィーン、ウィーン」とチェーンソーの音。「ミシ、ミシ、ミシ、ドカーン」と、木の倒れる音が響いていました。
あっという間に森はなくなり、野球場・サッカー場・馬術場に変わりました。僕の“秘密の場所”は野球場になってしまいます。そして二度と、「クロ」に会うことはありませんでした。

僕は河川敷にクワガタを捕まえに行く代わりに、馬を見にいくようになりました。学校帰りに何日か通ううちに、仲良しの馬もできました。単純な僕はクワガタ捕りに代わり、馬の魅力にとりつかれてしまったのです。「森がなくなり、馬術場になって良かった」とすら思うようになりました。
だんだん秋も深まり、日も短くなりはじめた頃のことです。僕はいつものように学校から帰ると、急いで河川敷に向かいました。そこで馬たちに草をあげ、馬たちが走りジャンプしている姿を楽しみ、鼻を触って遊んでいると、日が沈みあたりがだんだん暗くなってきました。
そして、馬たちは厩舎に帰っていきました。馬場を掃除している、黒く長いポニーテールの綺麗なお姉さんと話していると、あっという間にあたりは暗くなってしまいました。
僕は、このお姉さんが乗馬している姿が大好きでした。最も速い走り方となるギャロップを始めようとすると、馬の尾が地面に対し垂直になります、するとお姉さんのポニーテールも同じように、風になびいて垂直になりました。とってもかっこよく僕の憧れの人でした。

その時です。“母の怖い顔”が頭に浮かんできました。「あー、やばいやばい。また自転車禁止になってしまう…」。馬場の掃除をしているお姉さんに挨拶し、急いで自転車に飛び乗りました。
最後に馬術場を一周してから帰るのがいつものパターン。自転車で半周した所で、川岸にある野球場のほうから、全身黒ずくめのお婆さんが歩いてきました。足が痛いのか、右足をやや引きずるように歩いています。
うっすらと顔が見えるぐらいに近づいた時でした。僕の後ろからきた車のヘッドライトが彼女の顔にあたり、左目だけが“キラリ”と光りました。すれ違いざま彼女は僕に何かを言いたそうでしたが、母の鬼のような顔が頭に浮かび、彼女を無視して猛スピードで自転車をこいで家に帰ってしまいました。
もしかしたら、あれは「クロ」だったのかな…。毎年、夏になると思い出す、僕とクロとの出来事でした。


子供の頃から生き物が大好き。
“蟻の飼育”から始まり“象の治療”まで、たくさんの生き物と接してきました。そんな経験から生き物の不思議を発信します。
北澤功さんの紹介ページは→こちら
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