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認知症、犬も猫もなります。で、どうなってしまうのか?

[ 獣医師が教える! 飼うのも動物園に行くのにも役立つ&楽しくなる動物の話 ]

センスのいい服装のお爺さん。でもなぜか、リードを2本も使っている

「先生、みなさん、おはようございます!」
パナマハットをかぶり、上質なツイードのジャケット。背筋のピンと伸びた、とってもおしゃれなお爺ちゃんの声が病院に響き渡ります。その声の主こと茂雄さんが、柴犬の「カンちゃん」を連れてやってきました。

カンちゃんはいつもリードを2本つけています。1本は茂雄さんのベルトに縛り、もう1本は茂雄さんが右手で握っています。

受付の前に来ると、茂雄さんはポケットからお金の入った封筒とメモ用紙を取り出し、大きな声で読み上げます。
「予防の薬、心臓の薬、爪切り、肛門の確認をお願いします」自分の孫ぐらいの歳の看護師さんに深々と頭を下げ、封筒とメモ用紙を看護師さんに渡します。

封筒の裏には、奥さんのやさしい文字で
「何か不足することがありましたら、次回伺う時に主人に伝えます。病院を出たら、私に連絡をお願いします」
カンちゃんは茂雄さんの横に座り、茂雄さんの顔をじっと見ています。

順番になり、診察室に入ってもらいます。
北澤「カンちゃん、元気ですか?」
茂雄さんは耳も少し遠いため、僕ははっきりと大きな声でたずねます。
茂雄「はい、元気です!」
北澤「何か心配なことありますか?」
茂雄「ありません!」
2人の大きな声が病院中に響きわたります。

茂雄さんは御年72歳。4年ほど前から、物忘れが始まりました。病院に来たけれど、何しに来たか忘れてしまい照れながら帰ったことも。

茂雄さんだけ来て、カンちゃんがいないこともありました。ビックリして外を探してみると、自動車の行き交う交差点を、カンちゃんがリードをずるずる引きずりながらポツポツと歩いてきたのです。僕は慌てて、病院に連れて行きました。病院に着いて茂雄さんを見つけると、尻尾を振り振り、茂雄さんの横にお座り。この時以降、奥さんと相談して、リードは2本。1本はベルトに結びつけることにしました。

娘のことを完全に忘れても、犬と一緒の時はなぜかしっかり者

最近の茂雄さんは、だんだんと感情の起伏が激しくなり、時々癇癪(かんしゃく)を起こすようになってきたそうです。

お嫁に行った娘さんの顔と名前を、忘れてしまったことも。娘さんがたまに来ると「どちら様?」。「私のことも時々忘れ始めているんですよ」と、奥さんはぼやいていました。

外出は奥さんと必ず一緒に出掛けるのですが、動物病院に来るのだけは、カンちゃんとだけで大丈夫だそうです。カンちゃんと一緒の時は、怒ることが一切ありません。いつもニコニコしています。名前もしっかり覚えているし、病院でもカンちゃんと一緒だとしっかりしていました。

家でもカンちゃんのごはんとお水は、茂雄さんがやっているそうです。以前は、茂雄さんの前を元気いっぱい好き勝手に歩き回るカンちゃんを、茂雄さんがリードで引っ張って散歩をしていました。

今のカンちゃんは散歩中の茂雄さんの横、車道側にぴったりと寄り添い、いつものコースを歩きます。違う道に行きそうになると、カンちゃんはお座りをして動かず、「ワン!」の一言。正しい道を教えます。

犬の認知症――傾向と対策

認知症、厄介ですよね…。茂雄さんのことはいったん置いておき、犬や猫はどうなんでしょうか。

犬も高齢になると、白髪が増える、眼が白くなる、背中が痩せる、頭を下げてトボトボ歩く、モノにぶつかるなど、目に見える老化が始まります。また、気づきにくいのですが、認知症にもなります。

認知症の症状としては、同じ所をグルグルと歩き回る、目的もなくひたすら前に進み狭いところに挟まる、夜中に吠える、昼間はよく寝て夜に起き出してウロウロする、一点を見つめてボーとする、急に怒り出す、攻撃的になるなどです。

原因はまだわかっていませんが、脳の実質的な変化によるのではないかと考えられています。治療方法は今のところありませんが、進行を遅らせることは可能です。

進行を遅らせるためには、脳をたくさん使わせることが大事。脳をできるだけ活性化させることにより、脳の機能低下を防ぐのです。

筋肉は使っていると衰えませんが、使わないとあっという間に落ちてしまいます。脳も同じで、できるだけ使うことが理想なのです。

毎日の生活を刺激的にしてあげることが、脳を鍛えます。例えばごはんをあげる時も、いつもと同じ容器で食べさせるのではなく、おもちゃの中にフードを入れる、大きなケースでフードも小さくするなどして、わざと食べにくくする。可能ならば、家じゅうにばらまいて探しながら食べさせる。容器を何個も用意して、少しずつ入れる。そんな細工でも十分なのです。とにかく食べる作業を面倒くさくするのがポイント。中でもごはんを探す作業が、最も頭を使います。

散歩にしても、いつものコースを反対に回ってみる。できるだけ歩きにくい場所を歩くなども、脳の刺激になります。

猫の認知症――傾向と対策

猫も認知症になります。でも犬と同様、原因は不明です。

症状としては、飼い主さんが呼んでも反応しない、同じ場所をグルグル回る、夜中に突然大きな声で鳴く、トイレの場所を間違える、急に怒り出すなどです。

認知症の進行を遅くするには犬と同じく、脳への刺激が大事。声をかけ撫(な)でてあげる回数を増やすなど、スキンシップを増やすのも有効です。

あと、何か間違ったことをしても、決して怒ってはダメ。なんで怒られているかも、猫はわかりませんから。飼い主が怒っても、猫は恐怖や怒りの感情を増幅させるだけです。

猫の場合は甲状腺の異常でも似たような症状のことがありますから、一度検査することもお勧めします。

ある日、茂雄さんが行方不明。カンちゃんも急に家を出て行ってしまい…

ある朝、奥さんが庭の鉢植えに水をあげている時、いつもは必ずかける玄関の鍵をかけ忘れてしまいました。そして、茂雄さんは一人で家から出ていってしまいました。奥さんが慌てて家の周りを探しますが、茂雄さんはどこにもいません。カンちゃんも家を飛び出してしまいました。

奥さんはパニック。近所のスーパー、海辺の公園を探しましたが、茂雄さんもカンちゃんも見つかりません。僕の動物病院にも探しに来ました。警察に届け出をして、ご近所さん、散歩仲間、みんなで探しました。奥さんにはしばらく自宅で待ってもらうことにしました。

いなくなって3時間ほどたった昼過ぎ、家でじっと待つことができない奥さんは、玄関の前でオロオロ。そんな時、「ワンワン!」とカンちゃんの声が。声の方向を見ると、カンちゃんが茂雄さんとお坊さんを引き連れて歩いてきました。

お坊さんの話によると、お寺の境内で茂雄さんが「カンちゃ~ん、カンちゃ~ん」と名前を呼びながら、ウロウロしていたそうです。

裸足のまま大きな声をあげる茂雄さんに、お坊さんが心配になり声をかけると、「カンチャンがいない…」と。お坊さんはとりあえず雪駄(せった)を貸して、一緒にカンちゃんを探しました。

そこに、大きな柴犬が走ってきます。「カンちゃん!」と茂雄さんが呼ぶと、カンちゃんは尻尾をブルンブルン振りながら、茂雄さんの周りをグルグル走り回りました。「カンチャン、探したぞ…」。茂雄さんはカンちゃんの頭をナデナデ。まるで、茂雄さんが行方不明になったカンちゃんを探しに行ったようですが、実態は逆です…。

カンちゃんと茂雄さんの出会いの場でもあった

14年前の暑い夏の朝、お寺の縁の下で「く~ん、く~ん」とやっと目が開いたばかりの子犬が鳴いていました。いつも境内でお参りしてから会社に向かう茂雄さん。子犬を抱き上げると、茂雄さんの指をチュウチュウと吸い出したそうです。

とりあえずその子犬は住職さんに預け、会社に向かいました。その日会社は早退、ペットショップでミルクと哺乳瓶を買って、子犬を迎えに行きました。やがてその子犬は「カンちゃん」と名付けられます。

出会いの場となったお寺は、茂雄さんとカンちゃんのお決まりの散歩コースに入りました。しかし、家から歩いて30分。しかもお寺に行くためには大通りを超えなくてはいけないため、今ではお寺に来ることはなくなりました。

持ちつ持たれつの、実は相性抜群のご年配コンビ

カンちゃんと茂雄さんの行方不明事件に話を戻して――お坊さんは植木用の麻紐を、リードの代わりにカンちゃんの首輪に結んで、茂雄さんに持ってもらいました。カンちゃんと会えた茂雄さんは落ち着きを取り戻します。

そしてカンちゃんが茂雄さんを引っ張りながら、一緒にお寺を出て行きました。心配のため、お坊さんも一緒についてきてくれたのです。

認知症と肝臓病の茂雄さんは、さらには白内障で目があまりよく見えません。これが行方不明になった大きな原因だと思われます。

とはいっても、カンちゃんだって立派なお年。それもあってか、カンちゃんも心臓の病気を持っているのです。

というわけで、茂雄さんとカンちゃんのご年配コンビ。毎日お互いに助け合いながら生活をし、散歩もしているのです。


子供の頃から生き物が大好き。
“蟻の飼育”から始まり“象の治療”まで、たくさんの生き物と接してきました。そんな経験から生き物の不思議を発信します。
北澤功さんの紹介ページは→こちら

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