実は僕、催眠術師なんです。

[ 獣医師が教える! 飼うのも動物園に行くのにも役立つ&楽しくなる動物の話 ]

催眠状態の一種「不動化反射」とは?

「この子いつも何食べていますか?」
「ウンチの大きさはどうですか?」
「オシッコの色はどうですか?」

イスに座りながら飼い主さんに質問する僕の膝(ひざ)には、ウサギさんが幸せそうな顔で目を閉じ、仰向けになってじっとしています。両手を離しても、ウサギさんは全く動きません。僕はウサギさんの保定(動かないようにおさえておくこと)がとっても上手です。

どんな暴れん坊のウサギさんでも、僕の膝の上では幸せそうに眼をつぶります。診察を始めるためにペットキャリーから両手で抱きあげたウサギさんを、僕は顔の前まで持ち上げ、目を合わせます。

ウサギさんはまだ足をバタバタしていますが、「あなたはだんだん眠くなる、眠くなる、ワン・ツー・スリー、エイ!」と気を送るとともに、一気に膝の上に仰向けに寝かせると、あら不思議。あっという間に動かなくなります。

膝の上にのせたのは何のためなのかというと、爪切りです。爪切りをしながら、健康チェックと飼い主さんへの飼い方指導も行います。

ウサギさんが動かなくなるこの現象の理由は、僕が彼らと心が通じるからとか、話せるからとか、好かれているからというわけでは決してありません。不動化反射と呼ばれる、一種の催眠状態になるためです。

催眠って、そもそも何者か知ってますか?

そもそも「催眠とは何か」の定義は難しく、また、催眠と睡眠の違いも分かっていないのが現実です。ただし簡単にいってしまえば、催眠とは意識の低下や消失と考えられています。

人の場合、催眠には2種類あり、これらは正確には「催眠状態」と呼ばれます。
1つは感覚が薄れて理性的思考がなくなり、想像の世界の中に入り込んだ意識状態のことを指します。
もう1つの催眠状態には、知覚性と運動性の暗示現象があります。
知覚性の暗示現象では、痛みや温度を感じなくなったり、味覚や聴覚などが変化したりします。本来辛い物が、催眠状態においては甘く感じるなどです。
運動性の暗示現象としては、身体が固まって動かなくなったりすることが挙げられます。

動物においてもこのような催眠現象とよく似た、動物催眠と呼ばれる不動化反射が知られています。この催眠状態は“僕”という催眠術師が念を送ることによって引き起こされるのではなく、急な転倒や拘束、過度なストレス、急激な姿勢変化によって起こります。

そのため同じ状態にすると、何度でも起こります。
この現象で有名なのがタヌキで、びっくりすると倒れてまったく動かなくなります。よく聞く「狸寝入り」は、この現象から来ています。この表現が有名なため誤解されやすいのですが、これは寝たふりではなく催眠状態と考えられます。

これらの不動化状態は数分後には解除され、睡眠とは違ってすぐに普通の活動レベルになります。動物を仰向けにすると、随意的に(思いのままに)その姿勢を変えることができないカタレプシーという状態になるため、僕の膝の上のウサギもこの催眠状態になっていると考えられます。

同様にモルモット、ニワトリにも僕は催眠術をかけられます。
動物ばかりではなく、虫たちもこの催眠状態によくなります。確かに幼い頃、テントウムシなどを捕まえると全く動かなくなったりしました。フタホシコオロギについては研究がされており、胸を押すと動かなくなることが分かっています。

動物催眠が起こる理由はちゃんと存在する

「動かなくなったほうが天敵に襲われ危険なのでは?」と思いがちですが、どんなに抵抗しても逃げ切れない相手にはこの不動化、死んだふりは結構効果があります。

特に虫などの天敵、例えば蛇やトカゲ、カエルは動いているものしか獲物と認識しないため、虫は死んだふりをすることによって餌と認識されなくなるのです。
昆虫であっても、強いハチやカマキリはこのような動物催眠にはなりません。つまり動物催眠にかかる生き物は、捕食される動物たちなのです。

犬もウサギと同様に、お腹を見せて仰向けになり動かなくなることがありますが、これは催眠効果とは違い、相手を信頼している無抵抗の証で意識はしっかりしています。

ところで驚くことに我が妻も、催眠術を使うことができます。
「ねえ、ちょっとこれ何?」
この一言で僕は、意識の消失とともに運動性の催眠状態となり、ピタッと思考回路が停止、身体は硬直して全く動けなくなります。

そして次のコマンド、
「さっさと片付けなさい」
この指令のもと無意識のうちに
「ごめんなさい」
の言葉が出てきます。
そして、自分の意識とは関係なく身体が片付けを始めます。

僕も他の捕食される動物たちと同様、無駄に抵抗して食べられてしまうより、たとえどんなに理不尽であったとしても、例えば「僕が出したゴミで“なかった”としても」、素直に指令通りの行動をとったほうがいいという自己防衛のために、奥さんによる催眠状態になります。

それでも怒りが収まらないときにはお腹を出して仰向けになり無抵抗、あなたに服従のポーズを取りま…、
アレっ、おかしいな?
服従のポーズを取ろうとしただけなのに、
「馬鹿にしてるの? 早くお腹をしまいなさい!」

結局何をしても僕は怒られてしまうようです。
今年はウサギ年、僕の干支ではありませんが何だか親近感を抱いてしまいます。


子供の頃から生き物が大好き。
“蟻の飼育”から始まり“象の治療”まで、たくさんの生き物と接してきました。そんな経験から生き物の不思議を発信します。
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