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薬や治療や手術よりも、回復にとって最も大事なものとは?

[ 獣医師が教える! 飼うのも動物園に行くのにも役立つ&楽しくなる動物の話 ]

顔の向きと足の向きがそろっていない!?

タオルに包まれたウサギのぴょん吉が、飼い主さんに抱っこされてやってきました。でも「あれっ? 抱っこのされ方がちょっと変…」。身体が伸びきっているためかタオルから足と頭が飛び出し、そして顔は飼い主さんの方を向いているのに、足は反対を向いていました。

飼い主さんがぴょん吉を診察台にのせると、コテっと転んでグルグル転がり、危うく台から落ちそうになってしまいました。慌てて押さえると、足を激しくバタバタさせます。どうやら元気はあるようです。

しかし、首はほぼ60度に曲がり顔は上を向いたまま固まっていました。眼球は左右に小刻みに振動しています。いったいどうしたのでしょうか。

ぴょん吉は11歳。人間に例えると80歳を超える、おじいさんウサギです。触らずに見ただけでも骨の位置がわかるほど痩せていました。目の周りには目ヤニが付き、鼻水も出ています。

ぴょん吉は傾いた頭のためか、僕の得意な「催眠術」である仰向け状態による保定が全く効きません。しょうがないので、タオルに包み込み診察を始めることにしました。

目はくぼみ、ひどい脱水状態に陥っています。うまく水が飲めず、ここ数日は食べることもできなかったと、飼い主さんが心配そうに話してくれます。

その正体は「斜頸(しゃけい)」。よくあることです

これはウサギの斜頸(しゃけい)と呼ばれる症状で、飼い主さんはびっくりされることが多いですが、しばしば見られる病態です。ウサギの斜頸は、細菌や寄生虫など様々な原因によって平衡感覚をコントロールしている場所に炎症が起こり、その結果首が傾いてしまうというものです。

この炎症というのは脳(中枢性)の前庭神経と内耳(末梢性)の前庭器官に起こるもので、ウサギの場合では主に、脳ではエンセファリトゾーンという原虫、内耳では細菌によって引き起こされることが多いですが、頭や首の損傷や、脳の腫瘍などによって発症することもあります。

ピョン吉は高齢による胃腸障害、栄養不良と前庭器官の炎症ではないかと疑いました。そこで、菌を退治する、胃腸を動かす、栄養補給をするといった積極的治療を行うことにしたのです。

数日後、眼球の震えは止まり首の傾きも60度から40度ほどにまで回復。しかし立ち上がることも、自力でものを食べることもできません。

症状の改善は少なく、注射による栄養でかろうじて生きている状態でした。飼い主さんに現状と、ここからの改善は非常に厳しいことを伝え、今後のことを相談しました。

結果、病院での注射による治療をやめて家に帰り、最期の時を家族のもとで過ごしてもらうことに…。
「シロップで作った薬を投与すること」「床ずれができないように時々ひっくり返すこと」「タオルや手によるマッサージをしてあげること」「オシッコ、よだれ、ウンチなどの汚れを拭いて、できるだけきれいにしていてもらうこと」などをお願いしました。
ぴょん吉は飼い主さんに抱っこされ、自宅に帰っていきました。

箱の中にはタオルに包まれたものが…

それから2週間後、飼い主さんが箱を持って病院にやってきました。中身は、タオルに包んだぴょん吉のようです。
「ああやっぱり、だめだったか…」。

「残念でしたね」とお悔みを伝えようとすると、何やらモゾモゾとタオルが動きました。飼い主さんがニコニコしながら一言。
「先生、食べるようになりました!」

詳しく聞いてみると、退院後、居間の真ん中に「ぴょん吉専用マット」を置いて、家族みんなでかわるがわるマッサージを行ったり、蒸しタオルで汚れをとったり、声を掛けたりなどをしていたとのこと。
退院翌日に飼い主さんが「特製流動食」をそっとぴょん吉の口の中に入れると、口をもぐもぐ動かし、その翌日にはしっかりウンチもして元気を取り戻し始めたそう。


ぴょん吉を元気にしたのは、薬ではありません。
僕は元気になるために、ほんのちょっとお手伝いをしただけ。
体へのマッサージは、血の流れを良くして胃腸を動かしました。こまめに体を拭いたことも、さらなる病気への感染を防いだはずです。そして何よりも家族の暖かい声かけが、ぴょん吉に「生きる力」を与えたのでしょう。
病気を治したのは獣医師ではなく、家族のぴょん吉への愛情と、ぴょん吉自身の「生きようとする気持ち」です。

現在、発症から3か月経ちました。
首は相変わらず曲がったまま、立つこともできませんが、家族の愛情に囲まれて、ぴょん吉は元気に暮らしています。


子供の頃から生き物が大好き。
“蟻の飼育”から始まり“象の治療”まで、たくさんの生き物と接してきました。そんな経験から生き物の不思議を発信します。
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