動物の風邪って、人間にはうつるの?

[ 獣医師が教える! 飼うのも動物園に行くのにも役立つ&楽しくなる動物の話 ]

犬が熱を出したかどうかを確かめる簡単な方法、教えます。

2月に入って大寒波が到来、今季一番の冷え込みと言われた朝のことでした。
入院中の動物たちのお世話を終え、日課である診察前のコーヒーを飲んで甘いチョコを食べていると、「ポンちゃん」と飼い主さんがやってきました。

ポンちゃんは今年7才のメス、体重1.5kgの小さなチワワです。いつもならしっぽを振り振り、リードを引っ張りながら元気いっぱい病院にやってくるポンちゃんですが、今日は毛布に包まれ、飼い主さんに抱っこされています。

僕はいつものように笑顔で「どうしました? 大丈夫ですか?」と優しく声をかけました。
「大丈夫なわけありません!」。飼い主さんの琴線に触れ、いきなり怒られる僕。

いつもはお化粧ばっちりで、長いまつ毛をバッサバッサと揺らしながらやってくるポンちゃんのお母さん。この日はモコモコのダウンに毛糸の帽子を深々とかぶり、真っ赤なマフラーをまいてしっかりと防寒をしています。

しかし下を見てみるとなんとサンダル。よく見るとお化粧もしていません。そしてなぜかしっかりグッチのサングラスはかけています。いつものお母さんとは違ってなんだかとってもちぐはぐな服装です。きっと、それだけ慌てていたのだろうな…。

「どうしました?」。先ほどの反省を活かし、僕はもう一度神妙な表情で尋ねます。

「おとといの夜から元気がないの。鼻水は垂らすし、朝から咳が止まらなくて。昨日はちょっとしかごはん食べなかったのに、そのごはんも吐いちゃったのよ。そしてね、ずーっとあたしにくっついて離れないの」とお母さん。

すぐにポンちゃんを診察台の上に乗せました。親指でそっと耳に触れると、寒い外から来たのにもかかわらずほんわりと温かく、お熱があることがわかりました。このやり方は、ワンちゃんの体温を確かめる一番簡単な方法です。普段から耳の内側を親指で触っていると、高熱が出たときわかるようになるのでおすすめです。

続けて体温計で体温を計ってみると39度8分、確かに熱がありました。どうやら風邪をひいたようです。そのことをお母さんに伝えると、
「ふぇ~っくしゅん!」
お母さんは大きなくしゃみをしました。

「え、ワンちゃんも風邪をひくの? あたしの風邪うつったかしら…。あたしも先週からずーと鼻水が止まらないの。今も頭痛いのよ」

慌てた僕はすぐにお母さんにも診察台に乗ってもらい、お母さんの耳に触れて熱があるかを確かめ…、これは“うそ”です。
実際には、思わずマスクの上から手で口を押え、腰が引けた僕に
「大丈夫、安心してください! インフルエンザもコロナも陰性だから」と、お母さんが元気よく教えてくれました。

ワンちゃんも風邪をひくの?

風邪とはそもそも、体の呼吸器系に病原菌が入り込み悪さをしている状態の総称です。
そのため、例えばお腹に病原菌が入って胃腸に悪さをするのを、お腹の風邪と呼ぶこともあります。

人間の主な風邪の症状は、頭が痛い、熱が高い、寒気がする、鼻水が流れる、喉が痛い、咳が出る、食欲がない、下痢をする、吐いてしまうなどです。

ワンちゃんも病原菌が体の中に入り込み、その菌が悪さをすると、やっぱり咳や鼻水、高熱、下痢、嘔吐など、人間と同じ症状が出ます。つまり、ワンちゃんも風邪をひくのです。

犬の風邪は、犬アデノウイルスや犬パラインフルエンザウイルス、ボルデテラ菌などによる、「ケンネルコフ」と呼ばれる病気が多いです。

2月に入って人間界ではインフルエンザがはやっているようですが、ワンちゃんの今冬の症状は鼻水と発熱、嘔吐が多いように感じます。

自分の風邪うつったのかな?

いいえ、人間の風邪は犬にはうつりません。人間は人間同士、犬は犬同士でうつしあいます。

今回の場合、ポンちゃんは散歩中などに他のワンちゃんから病原菌をもらってきてしまったのでしょう。小さく体力がないために、風邪による高熱でぐったりしていたようです。肺炎になってしまう恐れもあるため、すぐに治療を始めました。

ネコも風邪をひくの?

ネコも風邪をひきます。特にネコには症状を悪化させる特定の2つのウイルスがあります。
主な症状としてはクシャミ、目ヤニ、鼻水、ヨダレ、高熱です。
ネコの風邪もやっぱり人間、そして犬にもうつりません。

犬もネコもワクチンを打つことにより、だいぶ発症を抑えることができるので、年1回のワクチン接種を受けることを強くおすすめします。

人間に近いチンパンジーはどうなの?

ちなみにですが、チンパンジーも風邪をひきます。

僕が動物園に勤務していたある日、チンパンジーのミセスが風邪をひきました。彼女は風邪をひくと床暖の入った一番暖かいところで、麻でできた袋を体にかけてひたすら寝ています。

そんなミセスのところへ、僕は毎日往診に行きました。まずは胸と背中を聴診し、次は大きく口を開けさせて喉を見ます。そして口の奥をのぞきこんでいた時でした、

「ふぇ~っくしゅん!!!」
彼女はドリフの「カトちゃん」ばりの大きなクシャミをしました。

マスクをしていなかった僕は、彼女の鼻水・ヨダレすべてを顔全体で受け止めることに。ちなみに僕には真剣に何かを見るとき、口が半開きになるくせがあります。
ミセスの診療をそれはそれは真剣に行っていた僕。当然口の中にもいろいろな液体が飛び込んできました。

そして予想通り、翌日から僕は大量の鼻水が止まらなくなり、体中がだるくなりました。一方ミセスの風邪はすっかり良くなりました。

皆さん、チンパンジーの風邪は人間にうつります。僕が体験しているので間違いないです。
ところで「風邪を治すには誰かにうつすのが一番」と言いますが、そういえばミセスはクシャミのあと、僕を見てニヤッとしていたような…。

お母さんの風邪も治ってよかったね。でも…

3日後。
ポンちゃんは、ナチュラルな化粧にストールを巻いていつも通りオシャレなお母さんを、ぐいぐい引っ張りながら病院にやってきました。お母さんもポンちゃんもすっかり元気な様子です。

お母さんはいつもの優しい笑顔と声で
「おはよう! 先生」

対する僕の鼻からは大量の鼻水がたらーり。
人間から人間へは、やはりうつります…。

まだまだ寒い日は続きそうなので、皆さん体調にはどうかお気を付けくださいね。


子供の頃から生き物が大好き。
“蟻の飼育”から始まり“象の治療”まで、たくさんの生き物と接してきました。そんな経験から生き物の不思議を発信します。
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