歯を全部抜いてもなぜ平気なのか? ~犬と人間が根本的に違う部分

[ 獣医師が教える! 飼うのも動物園に行くのにも役立つ&楽しくなる動物の話 ]

食べたそうにしているのに食べない?

ゴールデンウイーク(GW)の初日、夜中にあまりの痛さで僕は目が覚めました。
歯が痛いのです。しかし痛すぎてどこの歯すらわかりません。

とりあえず痛み止めを飲み、布団にくるまり耐えることに。外が少し明るくなりかけた時に何とか痛みも治まり、やっと眠ることができました。

そして朝になり目を覚ますと、妻が僕の顔を覗き込んでいました。上半身を起こした時、ボクの顔を見て大爆笑。
「鏡見ておいで」。妻に言われ洗面所に行くと、右の頬(ほお)がパンパンに腫(は)れていました。

半年前に虫歯の治療をしていたのですが、治療の途中に痛みがとれたので歯医者さんに行くのをやめた、その場所です。見事な虫歯からの歯根炎でした。

そんな出来事があった頃、8歳のミニチュアダックスフンドの「クロちゃん」がやってきました。
クロちゃんは名前の通り、毛色は全身真っ黒。ただし、目の上、顎(あご)には茶褐色の模様があります。診察台の上でコロンと横になり、お腹を出す、気のいい奴です。


北澤「どうしました?」
飼い主「先生、昨日から全くごはん食べないの。ごはんを出すと近づいて匂いを嗅ぐんだけど、プイと離れていっちゃって。とっても食べたさそうなのに食べないのが不思議で。それと鼻水とクシャミ、よだれがすごいし、最近、口からドブの匂いがするの」

確かによだれがすごい上、そこに食べかすがつき、口の周りがカピカピになっていました。

犬は虫歯になりにくい

そして、犬歯が変な方向を向いていました。そっと口を開けようと、手を近づけると、前足で強烈に拒否。口が痛い様子。何とか口を開け見てみると、犬歯のもとにぎっしり茶色く硬いものがこびりついていました。

これは歯石です。他の歯にもまんべんなく歯石がついていました。
歯肉部分も真っ赤に腫れ上がり、とっても痛そう。

まずは炎症を抑える治療をしましたが、これは症状を抑えるだけで、これだけだとまだ食べられない状態です。この子の残りの“犬生”を快適に過ごすためにも、歯石とりと抜歯をすすめました。

実は犬、虫歯にはなりにくいといわれています。虫歯菌は弱酸性の環境が大好きです、人の唾液は弱酸性なのでボクの歯は虫歯になりました。
しかし、犬の唾液はアルカリ性。虫歯菌にとって住みにくい環境のため、虫歯になりにくいのです。


犬の歯の病気としては、虫歯よりもほとんどは、歯石を放っておくことにより歯石の中の細菌が増え、歯肉が腫れる歯肉炎です。そのままにしておくと歯周組織が破壊され、進行すると歯を支えている骨が解けてしまい、歯が抜け落ちてしまうこともあります。

犬歯の歯根は鼻腔(びこう:鼻の内部)のすぐ横にまで達しているため、犬歯の歯周病がひどいと、鼻腔にまで炎症が起こり、鼻水がとまりません。
奥歯の歯周病が進み歯根部分に感染が起こると、膿(うみ)が溜まり目の下が腫れ上り、ひどい時は穴が開いて膿が出てくることがあります。

犬と人間は歯の使い道がそもそも違う

クロちゃんの治療ではどうしたかというと、全身麻酔をかけ、歯石を除去したのちに、抜歯をしました。ほとんどの歯がグラグラしており、結局全部の歯を抜くことになりました。
抜いて開いた穴を綺麗にふさぎ治療終了。

「全部歯を抜いても大丈夫なの?」「ご飯食べられるの?」そう思われるかもしれません。
僕たち人間だって、飲み物とシロウオの踊り食い以外は、必ず噛みます。食べ物を飲み込むために、小さくする、柔らかくするためだけではなく、味を楽しむためにも噛みます。
歯がない人は入れ歯をつくり、噛むことと、味を楽しみます。

一方で犬の歯は、僕たちの平らな奥歯と違い、すべての歯がギザギザ。すりつぶすより、噛み切るための形をしています。丸飲みできる大きさにするためだけのものです。


ですから、丸飲みできる大きさのものであれば、犬は歯を全く使わなくても大丈夫なのです。
ペットの場合は獲物を狩る必要もないため、獲物をとらえて弱らせるための犬歯もなくて大丈夫。

むしろ犬歯があっても、グラグラした状態だと、食べ物が当たるととっても痛くて、それでお腹がすいても食べられなくなるのです。

GWも終わり、歯医者さんに行きました。
「もう少しほっておいたら、抜くしかなかったですよ。今回は抜きませんが、今度最後まできちんと治療しないと抜くことになります」
歯は、ほっといても絶対治らないことがわかりました。


子供の頃から生き物が大好き。
“蟻の飼育”から始まり“象の治療”まで、たくさんの生き物と接してきました。そんな経験から生き物の不思議を発信します。
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