
私たちは何のために生きるのか
[ 獣医師が教える! 飼うのも動物園に行くのにも役立つ&楽しくなる動物の話 ]
ジメジメした梅雨の時期しかできない楽しみを求め、長野へ
6月に入り、雨の日が多くなりました。どうやら梅雨入りした模様、とても憂鬱な季節です。
最近はゲリラ豪雨、線状降水帯などの言葉とともに、「経験のない雨が降る可能性があります。命を守る行動を」。
テレビから恐ろしい言葉が聞こえてきます。
そんな季節だけど、僕にはちょっとした楽しみがあります。
じめじめした日が続いた曇りのとある日、僕は、「美味しいもの食べに行こうよ」と妻を誘い、長野に行きました。
午後5時ぐらいに長野に到着、すかさずファミレスで早めの夕食をすませました。
「まだお腹すいてないよ」という妻ですが、チーズ入りのハンバーグにスープとライスとサラダ、ビール、ドリンクバー、最後に大きなパフェと全部きれいにたいらげました。「美味しいものって、ファミレス? 美味しいけどわざわざ長野までくる必要あるの?」。

食べ終わり、駐車場に出ると、空には黒い雲が立ち込め今にも雨が降り出しそう。気温は高く、湿気もすごくジメジメしていました。最高の条件です。
急いで、以前住んでいた長野の家に向かいました。車から降り、家の横の川沿いを上流に向かって歩き出しました。
「おなか一杯だから、家で休みたいのに、どこに連れて行くの?」文句を言いながら、妻は渋々ついてきます。
それ、蛍(ほたる)ではありません
「あっ、光っているよ、蛍だ」。妻が揺れ動いている光を指さしました。
「私を驚かそうと連れてきたのね」。蛍を見つけた妻は、ご機嫌になりました。
「違うよ、あれは消えないから。月が水面にうつっているだけ」
川の反対側の棚田には、太陽が沈んで、代わりにのぼった月が、雲の隙間から顔を出していました。
そんな月が、それぞれの田んぼに浮かび上がっていました。

「あそこ あそこ!」、再び妻が。指の先を見ると、川の上流に、ユラユラとゆっくりと点滅する光が。今度は間違いありません。
この日の目的は“蛍”。一つの光がやがて、2つに、そして3つ4つと増えてきました。
蛍は暑くなり始めた、ジメジメしたほんの2週間、太陽が沈んでから1時間ほどしか出てきません(※夜中にも再び飛ぶこともあるらしいですが)。
蛹(さなぎ)から孵化(ふか)した蛍は、パートナーを求めお尻を光らせます。
あの光は僕たちを楽しませるために光っているのではなく、パートナーにアピールするために光っているのです。愛のささやき、求愛の光です。
成虫になった蛍は、餌も食べず、愛のためだけに生きます。
やっと空に羽ばたけたと思ったら、わずか3日のはかない一生
蛍の一生は、卵からかえると、『風の谷のナウシカ』の王蟲(オーム)のような姿の幼虫から始まり、ほとんどを水の中で過ごします。幼虫の時は、カワニナという巻貝を食べます。
その後、蛹となり2週間ほど過ごし、僕たちの知る成虫“蛍”となります。
成虫になって初めて空を舞うことができるようになります。
成虫になると水は飲みますが、食事を一切しません。お尻を光らせパートナーを探すことに全精力を注ぎます。
太陽が沈むと、まず雄が舞い上がりお尻を光らせます。今度は雌が葉の上で光ります。それを見つけた雄は雌の周りをふわふわと舞います。
相手を選ぶ権利は雌にあり、交尾できる雄は全体の1割程度といわれています。
気に入った相手を見つけた雌は交尾をします。長い時は一晩中くっついて離れません。
交尾が終わると光りはだんだん弱くなり、雄はやがて一生を終えます。
雌は卵を産む場所を探し、苔の中、木の枝、葉の裏、草にたくさんの卵を産みます。
無事、産卵を終えた雌は、草の陰などでひっそりと死んでいきます。
空を舞いきれいに輝く蛍の寿命は3日ほど、長くても2週間。
パートナーと出会い、愛を育むほんの短い一瞬の時ために、蛍は生きます。

君たちはどう生きるか
最初の光を見つけ数分もすると、いつの間にか川に沿ってたくさんの蛍の光が揺れていました。そして、僕たちの周りにもたくさんの蛍が舞っていました。
敵を襲ったり、逃げたりするために飛ぶわけではない蛍、彼らはパートナーのために舞います。
ゆっくりと「ゆ~ら、ゆ~ら」と飛ぶため、手を伸ばすと簡単に捕まえることができます。
「いけない、いけない。彼の貴重な時間を僕の手の中で過ごさせては可哀想…」。
田にはたくさんの月がうつり、まわりからはカエルや虫の鳴き声、そんな中をゆっくりと舞う求愛の光。
その空間にいる人間は僕たち夫婦だけ、時間は止まっていました。
幻想的な雰囲気の中、僕は何のためにこの世界に生まれてきたのか、人間の本質を考えさせられました。
僕は妻の手をぎゅっと握り、
「僕たちは、何のために出会い、何のために仕事をして、何のために生きているのだろうね?」
妻は優しく手を握り返し、
「あなたは、あたしのために生きてるの。あんまりくだらないこと考えないでね」


子供の頃から生き物が大好き。
“蟻の飼育”から始まり“象の治療”まで、たくさんの生き物と接してきました。そんな経験から生き物の不思議を発信します。
北澤功さんの紹介ページは→こちら
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