「送りバント」が僕に教えてくれた人生で最も大切なこと

[ プロ野球選手 中道大波の「ビッグウェーブを乗りこなせ! ]

野球のスパルタ教育をする父親。水泳も僕にやらせていた

皆さんには好きなスポーツはありますか? 好きなスポーツがある方は、もう少しで開催される東京五輪が待ち遠しいのではないでしょうか。僕も幼い頃は密かに、五輪選手になりたいなって思った時期が少しあったりなかったり(笑)。

僕が一番好きなスポーツは、もちろん野球です! プロ野球選手ですから、仕事にまでしちゃっています。これまで14年間もやってきました。

でも実は、野球ばかりやってきたわけではないのです。ソフトボール? クリケット? いえ、違います。

正解は、水泳。えっ、なんで水泳なの…?? と思われた方もいるかもしれません。
野球の前は水泳にハマっていたというと、そんなこともないのです。

ではなぜ水泳をやっていたかというと、父親の勧めによります。前の僕の記事を読まれた方はご存知でしょうが、私の父親は、野球の超スパルタ教育をする冷酷な男でした^ ^;

野球と水泳との意外な関係性

そんな父親が水泳をやらせるなんて聞くと、ますます謎は深まるばかりかもしれませんが(笑)、父親にはちゃんと考えがありました。僕をトップクラスの水泳選手にしたいのではなく、あくまで野球の名プレーヤーにしようとしていたのです。

父親は野球も昔から僕にをやらせていて、小さい頃から一緒にキャッチボールなどをして遊んでいました。その一方で、野球をずっとやっていくための基礎体力や柔軟性を鍛えるのに水泳がうってつけなので、水泳もやらせていたのです。

その影響か、特に肩まわりがしっかり鍛えられて、幸いにも未だに大きな怪我を負ったことはありません。今となっては、そこまで考えてくれていた父親に感謝しています。

野球が他のチームスポーツと違うこと、わかりますか?

もう一つ、野球の意外な面の話をしますね。

野球はチームで戦うスポーツですが、他のチームスポーツとは少し違うかなと僕は思います。

「1点でも多く点をとれば勝ちだよね? だったらサッカーやバスケと同じじゃん。というか、テニスや卓球のような個人スポーツとも変わらないのでは?」。そんな声も聞こえてきそうです。

確かにおっしゃる通りです。でも、野球は実に面白いスポーツで、勝つためには手段を選ばないというところが他のチームスポーツと一線を画していると思います。

もちろん反則はダメですよ! あくまで、ルールにのっとったうえでやることです。

野球には「犠打」というものがあるのです。野球をしている人なら必ず知っているはずですが、これって他のチームスポーツにはないと思いませんか?

野球にあまり詳しくない人でも、「送りバント」って聞いたことがあると思いますが、まさにこれを漢字で書くと「犠打」となるのです。

バントといって、バットにピッチャーの投げたボールをちょこんと当てて、なるべくピッチャーがボールを取りに行く時間をかせぐのです。その間に既に塁に出ている走者が、次の塁に行くようにします。でもバントをしたバッターは、アウトになります(すごく足の速いバッターだと、セーフになることもありますが)。ちなみに犠牲フライも犠打の一つです(犠牲フライの説明は割愛しますが)。

自分は犠牲になりアウトになっているので「犠打」という言い方となるのです。でも、既に塁に出ているランナーを、次の塁に進められているので、成功であり、与えられた任務は果たしているのです。

自分のことだけ考えないと、チームが勝利に近づくのはなぜか?

さらに僕が言いたいのは、犠打を通じて、野球への考え方、さらには生き方まで考えられるようになったことです。
大げさに聞こえるかもしれませんが。

意外に思う方もいるかもしれませんが、「自分だけが打てばいい」「自分だけが活躍すればいい」という考えの選手が1人でもいると、チーム全体が勝利へ遠回りとなり、試合には勝てないことも多いのです。

そのカギをにぎる一つが、先ほどの犠打なのです。犠打をすることでバッターである自分はアウトになっても、他の選手を次の塁に進められて、結果的に自分のチームに点数が入って、勝利へと近づけることができるからです。

犠打をしないでヒットやホームランを狙いにいったら、どうなってしまうでしょう? うまくいけばいいのですが、空振り三振や内野フライだと、自分がアウトになるだけでなく、塁に出ている走者が次の塁に進めることもできないのです。結果として、ただの1アウトとなります。こんなことになってしまうと、自分はチームに点数が入る役目を果たさなかったことになってしまいます。それどころか、犠打になることを予測したがゆえに走者が早くも走り始めていたら、その走者もアウトになって、2アウトになってしまうことも…。

ここが、野球が他のスポーツとは違うところ。チームが勝つためには、時と場合によっては、自分が犠牲になることも大切だということです。

僕が幼い頃はチームが勝つことよりも、「自分が楽しければいい」「自分だけは打てればいい」とだけ考えて野球をプレーしてきました。しかし、野球というスポーツを通して犠打をはじめ、たくさんのことを学んできました。

そしてプロになった今ですら、新たな発見や作戦と出会うことも多く、毎日が勉強です。そしてそれがすごく楽しくもあり、とても充実しています!

最後に犠打の話に戻りますが、もしかしたら野球以外でも、自分が犠牲になるような行動をとることで、チームが成功へと近づくことはありそうです。
会社での仕事とか、そうかもしれません。
部下のミスを上司である自分が先方に謝ることで部下だけでなく会社と先方との関係性が改善する、同僚が得意そうな仕事をその人にまわすなんてことも、広い意味では犠打のような行為にも見えます。

これからも僕は、野球からたくさんのことを学びたいと思います。

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。