
「欺く石」とされる『アパタイト』。使い方次第で、魔の手から己を守る守護神に
[ 意外に知らない宝石の裏話 ~パワーストーン店20年監修者が教える ]
歯磨き粉だと思った? いえいえ、あってますよ。
今回はリクエスト頂いておりました『アパタイト』のお話をいたしましょう。
アパタイトの和名は「燐灰石(りんかいせき)」、モース硬度は5程度です。そこまで硬い石ではないので取り扱いには注意してください。
『アパタイト』という名前はギリシャ語の“απατάω(アパタオゥ)”が語源となっています。
απατάωとは、「欺く(あざむく)」とか「誤解を招く」という意味なんですが、アパタイトの見た目が他の鉱物(ベリルとかミラライトとか)に似ているせいでよく混同されて扱われてきたことから、1786年にドイツの地質学者であるアブラハム・ゴットロープ・ウェルナー(Abraham Gottlob Werner)さんによって「誤解を招く石=アパタイト」と命名されました。
アパタイト側には何の落ち度もない(他の鉱物と勘違いするほうが悪い)のにひどい話ですよ(´・_・`)
実は『アパタイト』は、『ガーネット』の時と同じように、「アパタイトグループ」や「アパタイトスーパーグループ」という数多くの仲間を持つ鉱物の総称です。一種の鉱物を指す名称ではないんです。ただ、それらのグループに属する全ての石をご紹介していたら、この記事がいつまでたっても終わりませんので、ここでは代表的な2種に絞ってお話ししようと思います。
「アパタイト」と言われて一般の方々がまず頭に浮かべるのは、歯磨き粉に入っているアレですね。アレは「ハイドロキシアパタイト(hydroxyapatite:通称“HAP”)」と呼ばれるもので、歯についた傷を修復したり歯垢をつきにくくする効果があります。ま、平たくいうと虫歯予防ですな(※後述します)。
化学組成はCa5(PO4)3(OH)、水酸化リン酸カルシウムです。人間をはじめとする脊椎動物の歯や骨の主要構成成分と同じです。
もっとわかりやすく言うなら、人間の骨の60%、歯のエナメル質の実に97%はハイドロキシアパタイトで出来ているんですよ。
ハイドロキシアパタイトの結晶の色は無色・白色・灰色・淡い黄色などで、宝飾用には向きません(地味だから)。
鉱物好きの方々が「アパタイト」として認識しているのは「フルオロアパタイト(fluorapatite:フルオロリン酸カルシウム)」のほうです。
同じアパタイトの仲間ではありますが、化学組成がCa5(PO4)3F、さっきのハイドロキシアパタイトの式と比べてみると、式の最後がちょっと違うでしょ? あのハイドロキシアパタイトがフッ素(F)を取り込むことによって変化した姿が「フルオロアパタイト」なんですよ。ま、兄弟みたいなもんですね。
※歯医者さんではない紫乃女による解説
歯のエナメル質は97%がハイドロキシアパタイトの結晶です。この結晶は酸に弱く壊れやすい構造をしているのですが、あのやっかいな虫歯菌という連中はその酸を出しやがるので、虫歯菌に襲われるとハイドロキシアパタイトで出来ている歯のエナメル質はボロボロの穴だらけになってしまうんですよ。
ですので歯磨き粉にフッ素を少し加えることにより、ハイドロキシアパタイトをフルオロアパタイトに変化させて歯を守ろうというのが「フッ素入り歯磨き粉」の仕組みです。
フルオロアパタイトは酸に対して安定している(酸に対して抵抗力がある)ので、エナメル質が虫歯菌に侵されにくくなり、結果的に虫歯になりにくくなるというわけなんです。
まぁでも虫歯予防に一番役立つのは、日々の歯磨きと定期的な検診ですよ。虫歯を過去1度も経験したことのない紫乃女が言うんですから間違いないです。
あたしは歯磨きが趣味みたいなものですからね! ヾ(´▽`)ノ←歯ブラシ&歯磨き粉コレクター
紫、赤、オレンジ、黄色、緑、水色、なんでもござれ
おっといけない。今は鉱物としてのアパタイトのお話でしたね!
フルオロアパタイトは、ハイドロキシアパタイトと違い、緑色・青色・黄色・紫色と様々な色がございます。とても鮮やかな色なんですよ!









モース硬度5なのが惜しまれるほど美しい色合いですよね!
有名産地はブラジル、ミャンマー、メキシコですね。でも結構あちこちで出ますよ。パキスタンでもアメリカでもカナダでもマダガスカルでもノルウェーでもスペインでも出ます。
なんと月にもアパタイトはあるそうですよ! アポロな宇宙飛行士さんたちによって収集された月の石には、微量のアパタイトが含まれていたんですって。ま、宝石質のものではないようですけどね(´・_・`)
1桁近い安さで高級トルマリンの美しさが手に入る!?
アパタイト全体の中で宝石質のものはごくわずかです。一番人気はライトブルーですが、実は意外に高額で取引されるのが赤色のアパタイト。カットが素晴らしい20カラット以上のVVS(Very Very Slightly Included:不純物がめっちゃ少ないよって意味)クラスのレッドアパタイトで40万円強ですね。
他の同じクォリティの石に比べるとそこまでお高いわけではないと思います。たとえば28カラットのVVSレッドトルマリンだと300万円を超えますよ。
そういう意味では、モース硬度の低さにさえ目をつぶれるなら、アパタイトはトルマリンやペリドット、ベリルのような美しさを気軽に手に入れられる石だということになりますね。がさつではない方にはお勧めですよ(´・_・`)←がさつな奴選手権日本代表
そういえば、アパタイトの偽物にはお目にかかったことがありませんねぇ。『トルマリン』の記事の中でご紹介した『パライバトルマリン』の偽物として、アパタイトが出回っているのは見たことがございます。
あとは超希少石『アウイナイト(Hauynite)』の名前でアパタイトが売られていたりとかね。
要するにアパタイトは「偽物側」の立場の石なので、アパタイトの偽物が出回ることはまず無いでしょう。さすがは「欺く石」だけのことはありますなヾ(´▽`)ノ ←誉め言葉になっていない

『パンドラの箱』とアパタイトの意外な関係性
この記事の最初でも申し上げましたとおり、アパタイトは他の石と間違われ続けてきた石なんです。そのため「アパタイト独自の神話・伝承」というものがございません。命名されたのも1786年ですしね。歴史自体が浅いんですよ。
ひとつだけ、アパタイトに関係する(かもしれない)超古い伝承があるにはあるんですが、あまり良い内容ではありません。まぁ一応ご紹介しておきましょうか。
『パンドラの箱』(※あとで捕捉説明を入れます)ってご存知ですか?
男尊女卑で超女嫌いなヘーシオドスという古代ギリシャの詩人さんによって書かれた物語です。
内容をざっとご説明いたしますと、冷遇され、知能の無い動物のように暮らしていた人間たちに、禁じられていた「天界の火」を与えて啓発したプロメーテウスさんのことがどうしても許せない神々の王ゼウスは、プロメーテウスの兄弟であるエピメーテウスをやっかいな女性パンドーラーと結婚させることによって復讐しようと画策しました。
ゼウスは、見た目は超美人だけど軽薄であまり頭の良くない女性を泥から作り上げて、エピメーテウスの元に送り込み、結婚のお祝い品として、「病気」や「死」などという、ありとあらゆる災厄を詰め込んだ『瓶』をパンドーラー(名前の意味は「贈り物」)に持たせたのです。
※パンドーラーに贈られたものは「箱」ではなく“πίθος”(ピトス:大きな瓶のこと)です。「パンドラの瓶」がなんで「パンドラの箱」になったのかと申しますと、ギリシャ語で書かれた原本をラテン語に翻訳する際に、ギリシャ語の「ピトス」を「ピクシス」(“πυξίς”:箱のこと)に読み間違えて、「パンドラの箱」って訳しちゃった人がいたからです。ま、オランダの哲学者エラスムスさんのミスなんですけどね(´・_・`) 要するに誤訳がそのまま後世に語り継がれているんですよ、これ。
「誤訳だなんてカッコ悪いなー」と笑っているそこのあなた、オカルト業界で生きていこうと思ったら、どこかの誰かが日本語に訳して下さったオカルト本を読んだだけでいっぱしのオカルト屋気取りの顔をするのはおよしなさい。恥ずかしい。
ここだけの話、オカルト本、つまり『グリモワール』(grimoire:魔術書のこと)は誤訳の嵐ですよ。意地悪な先輩方の悪意のこもった文章を、そのまま素直に訳しているものとかも山のようにありますよ。
原本を読まないとそういう先輩方の「謎かけ」に足をすくわれること間違いなしです。エラスムスさんのこと笑えないですよ。この業界で生きていきたかったら、せめて英語くらい(可能なら古典英語まで)は扱えるようになって下さい。意地悪な『紫乃女』っていう先輩に足をすくわれたくはないでしょう?(´・_・`)
で、頭が良くないうえに好奇心だけはいっぱいのパンドーラー嬢は、「開けるなよ。いいな? 絶対開けるなよ!」と言われて渡された瓶を、つい開けちゃったんですよね。ま、気持ちはわかります。ダメだと言われたことほど、人はやってみたくなるものですからね。
しかし瓶の中には「疫病」や「欠乏」、「悲しみ」や「欺瞞(ぎまん)」など、ありとあらゆる災いが詰まっていたものですから、彼女が瓶を開けた瞬間に、それらが我先にとこの世界に飛び出していってしまったのです。
こうしてこの世には災厄が満ち溢れ、人々が苦しむこととなった…というのが『パンドラの箱』というお話の筋書ですね。
つまりこの世に苦しみがあるのは全部女のせいというわけです。いやはや、徹底した女嫌いであったヘーシオドスさんらしい物語ですねぇ、おりゃー!(ノ*`´)ノ⌒┻━┻

ま、女嫌いのおっさんはおいといて、パンドーラーの瓶から飛び出した災厄の中のひとつ「欺瞞:“απάτη”(アパテー)」ですが、これはギリシャ神話における夜の女神アパテーが元になっています。彼女は欺瞞や不実、裏切りや詐欺を司る女神なんですよ。
で、察しの良い方ならもうお気づきかと思いますが、アパタイトの名前の由来である“απατάω(アパタオゥ)”は、この夜の女神アパテーが語源です。どこまでもとことん「欺く」ことに縁のある石なんですよ。
…アパタイト好きな方にしてみれば、自分の好きな石が「欺くこと」に深く関係する石だなんてがっかりなさることでしょう。ではここで逆転の発想をしてみましょう。
欺くことが専門のアパテー女神を、他者が欺くことは出来ないでしょう。だって彼女こそが「欺き」の専門家なんですからね。
ではそんな女神に縁のある石は、たかが人間風情の「欺き」に引っかかることは無いと思うんです。
となると、アパタイトは所持者を騙そうと言葉巧みに近づいてくる薄汚い連中の『嘘』や『欺瞞』を見抜き、「あいつが言っていることは何かおかしいぞ!」と所持者に注意を促してくれるかもしれませんよ。
そう考えれば、「詐欺」と「裏のあるうまい話」の横行しているこの世において、アパタイトはあなたをそれらから守ってくれる石という解釈も可能だと思います。何事においてもその分野を深く極めることは一種の「強み」に繋がるんだと思いますよ(´・_・`)b
おっといけない、結構話し込んでしまいましたね。
では『アパタイト』のお話はこれくらいにいたしましょう。

1980年代より占術、呪術に興味をもち、独学にて勉強を始める。その後、3人の有名・無名な師匠につき、占術・呪術、およびそれに附随する基礎知識、語学、歴史学、民族学、脳科学などを広く学ぶ。紫乃女さんの紹介ページは→こちら
以前アパタイトをリクエストさせていただきました者です。(同じリクエストをなさった方がいらっしゃるかと思いますが)
取り上げていただきましてありがとうございました。
トルマリンのような色の多様性に興味を持ちながら、歯のホワイトニングのイメージしかなかったので「欺く」や「嘘」という言葉に驚きました。それも神話の女神の担当というところにも。
とても興味深かったです。ありがとうございました。
いつも興味深く読ませていただいてます。
アパタイトのお話を読んで、20年以上昔に買った水色の(多分)アパタイトのさざれのネックレスを引っ張り出し、久しぶりに着けるきっかけになりました。ありがとうございます。
もし石のリクエスト受け付けてましたらセレナイトのお話しが聞きたいです。