職人の流儀 「根気、自信、そして知能。すべてを急成長させる楽器の偉大なる力 ~バイオリン製作者・陳昌鼓【第2回】」
日本、それどころかアジア一のバイオリン製作者といっても過言ではない陳昌鉉(チン・チャンヒョン)。他界した彼の意思とスキルを継承したのは、実の息子・陳昌鼓(チン・ショウコ)。そんな陳昌鼓氏から前回は、バイオリン製作においても、料理など他の仕事と同じく、素材選びが大事だという話をした。
第2回目となる今回は、バイオリンにとどまらず楽器を練習することが、根気や自信といったどんな仕事や勉強やスポーツでも問われる能力を高めるという、なんとも嬉しい事実を発表する。特に脳の発達にもよく、バイオリンを習っていた子に東大合格者が多いというほど。
さらには、10億円近い名楽器に匹敵するバイオリンを、手の届く価格で買う方法まで特別にレクチャー。いずれも、バイオリン製作者として業界をけん引する役割を担ってきた陳昌鼓氏だからこそ知っている貴重な情報ばかり。今回も盛りだくさんの内容でお届けしよう。
初心者が陥りやすいスランプの意外な原因
関:陳さんは、どこで古い材料を集めているんですか?
陳:この質問、よくされるんですが、ヨーロッパには昔からある教会とか大聖堂がたくさんありますよね。大理石の中にある梁とか、昔は木材だったんです。そこで使われていたカエデやマツがバイオリンに適していることがわかって、100年も200年も経った物を材料として手にすることができるんです。
関:実際に、演奏してみた奏者の感想はどうですか?
陳:欧米の奏者などでストラディバリウスとか持ってる方に、僕が作った新しいバイオリンを弾いてもらうとビックリされるんです。「(古くからある名楽器と同じような)ちゃんとした音がする! ありえない…」って。でも説明すると、手を叩いて納得されるんですよね。
関:他の楽器でも同じことが起きるんですか?
陳:例えば、ピアノもそうですね。世界三大ピアノと称される「スタンウェイ」とか、高額で本当に良いピアノは、古い材料が使われていますよ。公言してないだけでね。
関:何でもそうなんですけど、やっぱり最初はどんなものを手にしたらいいのかわからないから、調べるじゃないですか。インターネットとかで調べた時、どれくらいのお値段の物がオススメとか、買っておけば良いですよ~みたいな物が出てくると思うんですけど。今のお話を聞くと、上を目指すのであれば最初から良い物を手にしたほうが良いのかなって思いました。
陳:良い楽器を最初から買うに越したことはありません。でも、どんな初心者さんでも、悪い楽器で半年くらい弾いてると音っていうものがわかってきます。自分の奏でる音に疑問を持つんです。
関:そこで気づいて、本当にいい楽器を買うってことですか?
陳:ただ厄介なことに、そうスンナリといかないこともあるんですよ。「あれ? 上手く音が表現できない。自分に才能がないのかな? それとも単に練習不足なのかな??」って。特に音楽をやろうって人は真面目だから、ずっと悩んじゃう。でもその人の力不足じゃないのに…。
関:うわ~っ…。最初から高いバイオリンを買った人だったら、そういうトラブルも起きないんですか?
陳:一方で、音大生とかが「このバイオリン、5000万円でお父さんに買ってもらったんですが、いい音が鳴らなくて…」なんて言って、ウチに来ることもあるんですよ。「そんなわけないだろ?」と思って見てみると、調整に問題があっただけで(笑)。
関:音に問題があるかどうかは、小さい子でも分かったりするんですか?
陳:例えば、幼少の頃からバイオリンを触ってきていて、小学校4年生くらいになって、小さい子用じゃなくて、大人用を使ったとしましょう。そういう子供でも「音が違う!」ってわかるんです。そうするともう「小さい子用ので演奏したくない!」「とてもじゃないけど、こんな音の悪いバイオリン使えない」ってなるんです。小学校4年生がですよ!
関:楽器は良いものを選んだ方が、上達のスピードも早いんですか?
陳:そうですね。良い楽器で練習すると本当に上手に弾けますし、上手にもなりますよ。
10分の一程度の時間で上達するなんてことも、珍しくないと思います。
東大生にはバイオリンを習っていた人が多い
関:バイオリンに限らず、物に関心を持ったり大事にしたりっていうのは大事ですよね。小さい頃からそういう習慣を身に着けさせるのは、子どもの将来にとっていいことだと思います。
楽器の場合は発表会に出たりしますから、礼儀や立ち振る舞いも身に付くでしょうし、そこも教育上とてもいいことかと。
陳:バイオリンをよく知っている人なら、奏者の振る舞いで、その人がどれくらい上手に弾けるのかがわかります。
関:柔道の有段者が、構えで相手の実力がわかると言いますが、それと似てますね。
陳:育児をはじめ教育という観点でお話しますと、欧米の論文でも「弦楽器をやってる子は頭脳が発達する」というのが証明されているんです。実際に楽器を習っている子には、勉強ができたり、礼儀が身に着いている子が多い気がします。今は中国やインドのお金持ちなんかは、子供にバイオリンやピアノを習わせるって言う親が多いんですよ。
関:バイオリンもピアノも、両手の指先を別々に動かしたり、細かな動きしたりが要求されますし、そういった指の動きって脳に様々な影響を及ぼすっていいますよね。
陳:日本の東大に受かるような子なんかは、バイオリンやピアノをやってた子が多いみたいですよ。
関:バイオリンができる子は、ピアノもできるイメージがあります。
陳:でも実は弦楽器族からしたら、ピアノ弾ける人の方がすごいって言うんです。
「右手と左手で、別々の音を出すからすごい。あんな複雑な両手の動きなんてできない」って、弦楽器族は言うんですよ(笑)。
関:親バカで恐縮なんですが、僕は子供が二人いて、どちらもピアノを習ってるんですけれど…。
陳:それはもうお勉強できますし、良い子に絶対に育ちます!(断言)。あとは、アルツハイマーを研究してる人なんかで「自分はボケたくないからチェロをやってる」って人もいますね。指先を動かすことで、脳に刺激を与えて発達させるんだそうです。チェロを簡単にご説明しておきますと、バイオリンを一回り大きくしたような弦楽器で、音域はもっと低音になります。
楽器を習うと、演奏が上手くなるだけじゃない。根気と自信まで養われる。
関:子供の教育を考えていくと、小さいうちから音楽や楽器に触れておくことって大事なんですね。
陳:勉強や仕事に果敢に挑戦する人間にも育つと思います。習い事って、まずはできないことから始まって、できるようになるじゃないですか。
すると、できることが増えてきますが、同時に次の課題、つまり、できないことがどんどん出てきて、それをまたできるようになろうと頑張って、実際にできるようになる。それを何度も繰り返しますよね。
その結果、根気強い子になりますし、自分に自信も付きますよね。
関:単に楽器が上手に演奏できるようになる、とかだけではなく、根気や自信といった、どんなシーンでも役立つ力まで身に着くってことですね!
陳:自信と言えば、こんなエピソードがあります。五輪大会に出る選手を見てきたトレーナーに話を聞いたことがあるんですが、「五輪大会でメダルを取るような選手は何が違うのか?」というと「自信が桁違いにある」そうです。大会当日も、他の選手が「うわ~、強そうな人ばっかだ…」とビクビクしている中で、結局メダルを取るような選手は「俺ほど強い奴はいない」と自信満々だそうで(笑)。
関:自信って大事ですね。音楽やスポーツで修羅場を経験しておくと、どんどん高まりそうです。
陳:達成感を子供の時にたくさん味わっておくことは、すごく大事だと思います。『GRIT(グリット)』といって、アメリカの学者が出した本にも書いてあるんですけど(日本語版は『やり抜く力 GRIT(グリット)』(アンジェラ・ダックワース【著】・神崎 朗子【翻訳】 /ダイヤモンド社))、習い事はそういうやり抜く力が延びるってことらしいです。あとは教示する先生にもよりますが、上手い子の先生は褒めるのが上手ですよね。
関:音楽をやっていると、教養も身に着きますよね。音楽も歴史と密接に関わりがありますから。
陳:「どうしてその曲が生まれたのか?」「その当時は、どんな時代だったのか?」なども考えたり、調べたりすることもありますから。
10億円級の音を奏でる楽器が、誰にでも手に入る方法とは?
関:バイオリンを習うのなら、小さい頃から始めるのが理想ですが、途中から始める人も実際には多いんですよね?
陳:日本の場合は大学に入るまでが大変で、大学に入ってから遊び惚ける人が多いですから…、大学から始める人もかなりいらっしゃいます。
関:いつからでも始められるのも魅力の一つかもしれませんね。
陳:それは喜ばしいことです。ただ、大学に入って初めて楽器を触ってオーケストラに参加した学生が、勉強そっちのけになっちゃって留年しちゃうケースをたくさん見てきました…。
関:演奏や練習に夢中になりすぎちゃうってことですか?
陳:そうです。こういう状態を「楽器の沼にハマる」というんですが…。でもキリがないんですよ。楽曲は一生かかっても弾ききれないほど存在しますし、練習する度に上達すると楽しくなっちゃって、もっともっと練習したくなるんです。ただ、仕事や勉強がおろそかになることも多くて(涙)。
関:夢中になってしまうということでいえば、演奏することもそうなんですが、骨董的価値といいますか、コレクターの方とかもいらっしゃるんですか?
陳:もちろん、いますよ!
ヨーロッパの富裕層なんかはそういう楽器を買い集めて、コンクールなどで優勝した有名な演奏家に貸したり、プライベートコンサート開いたりと。まぁ、貴族文化ですよね…。
関:金持ちの道楽な感じもしますが…。
陳:ただ、奏者にとってもメリットはあります。奏者は自分ではなかなか買えないよう素晴らしい楽器が弾けるし、「その人が演奏したぞ!」ってことで、その楽器に箔が付いて骨董的価値も上がるしで、有名人が「いい音が出る」なんて褒めた日には更に値段が上がる…。でもそういうコレクターは世界中にいますよ。もちろん日本にだって。
関:Z社のMさんとかもそうらしいですね!
あとはアンジェリーナ・ジョリーが持っていた絵画が、彼女が持っていたってだけで本来の価値よりも高い値段で買われて行った、なんて話もありましたからね…。
陳:来歴も大事なんです。そういう楽器って、本当にどんどん値段が上がっていきます。ストラディバリウスやガルネリなんかは生産された本数が限られていますから、10億円や15億なんかに上がっちゃいますね…。富裕層は買えますけど、普通の人は楽器にウン億円なんてお金出せませんよね。
関:すごくいい音を出したければ、富裕層からそういった非常に高価な楽器を借りるしかないんでしょうか?
陳:そこで、僕の出番なんです! 古い材料でちゃんとした設計図に添って作り上げれば、その10億円もするバイオリンに近いレベルの音を出すことができるんです。僕の目指す場所は「誰もが手にできる値段で、素晴らしい楽器を世に送り出すこと」なんですよ。
関:素敵です。応援したくなります!
陳:親戚の子が、ロシアのモスクワで開催されたチェロのコンクールで優勝したんですよ。その時使っていたチェロが、私の父が材料や製法にこだわって作ったチェロでした。
関:クラシックの本場のモスクワでしたら、周りも並み居る強豪ばかりだったでしょうから、すごいですね!
陳:10億円以上もするチェロを持っている人なんて、普通に周りにいたようです。チェロなんて本当に高くて、1億円でもいい音が鳴らないものなんてザラにあります。私の父が作ったチェロはそこまでの値段はしませんが、しっかり作りこんであるから優勝できたと思います。もちろん親戚の子も相当練習して、モスクワに留学したくらいですから腕は確かだったはずですが。
――現代人はとにかく忙しい。目まぐるしく状況が変わるスピード社会であり、ノルマや地位・名誉、さらにはSNSでの承認欲求といったことによるストレス社会でもある…。そんな過酷な現代を生き抜くためには、勉強や読書で教養を身に着けるのは大事だし、スポーツで体を鍛えるのも外せない。「楽器を習うなんて趣味の領域だし、そんなことしている暇はない」と思った人も多いかもしれないが、それは大きな勘違いであったことに気付いたはずだ。最近は「一流こそアートに触れる」という風潮も広まってきたが、楽器を練習することもアート思考として例外ではない。根気・自信・そして知能の全部を一挙に獲得できる楽器、始めるなら今すぐだろう。そんな楽器の一つ・バイオリンで最高のもの生み出そうと追求して止まないのが陳昌鼓氏だが、彼のような仕事をしてこそ、社会貢献度は計り知れない。我々もそのような姿勢で、自分の仕事なり役目にプライドを持って挑みたい。
最終回となる次回は「お金がなくても、歳を重ねてしまっても、夢はあきらめなくて大丈夫 ~バイオリン製作者・陳昌鼓【最終回】」。乞うご期待!
本記事は「作家たちの電脳書斎デジタルデン」編集部作成、2021年6月22日掲載記事を転載したものです。内容・状況などは記事作成当時のまま掲載しています。